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2005/01/31

パニック!その1

 危機に直面した時、当人の深刻さはさておき、端から見ればそれは笑い話でしかない事も良くある。

 それは俺が家賃二万円のぼろアパートに住んでいた頃の話しだ。
 暦は春だと世間では言ってもまだ寒い時期の朝。出かけるために入り口のドアを開けた途端、凍てついた風が室内に吹き込む。観念して両手を防寒着のポケットに入れ、首をすくめながらいつものように歩き出した最初の一歩である右足の着地予想地点に、その日に限って巨大なウンコがあった。恐ろしいことに俺の右足は今にもウンコを踏みそうである。
「あぶねぇっっっっっ!!!!」
目が覚めた。踏んでなるものかとあわてて足の軌道修正を行い、バランスを崩しながらも別地点に着地を試みた。通常ならこれで万事うまく行くはずである。が、次の瞬間、信じられないことに、よけたはずの右足の下に、なんと!ウンコが移動したのである!
「えっ? うっそ~~~ん!(涙)」(何がなんだか分らない恐怖、体験したものにしか分るまい。)
もう今にも踏みそうだ。しかしギリギリまで諦めるものか!と、更にあらぬ方向へと足を向けた結果、大幅にバランスを崩した俺は、もんどり打つようにして 2~3m ほど前方に移動していた。

 ...なんとか危機を脱する事が出来た。

 俺は、人の家の玄関前に巨大なウンコをした何者かを呪いながらも、一方で、ウンコを踏まずに済んだ安堵と、両手をポケットに拘束されてもなお無事転倒しなかったその快挙に、しばらくのあいだ充実感を満喫していた。しかし、ここで重大なことに気付く。
「なぜ、ウンコが動いたんだ???」
 おそるおそる現場へ戻ると.......何のことはない、それは大きなヒキガエルであった。やれやれ。(そういえば、朝のテレビでお天気おねぇさんが啓蟄の説明をしてたっけなぁ。)

 それにしても情けないものだ。ウンコが動いたことより、ウンコを踏まないことの方が、俺にとっては余程重要なことだったのですよ。

 以上。話しとしては出来過ぎだが、事実なものは仕方がない。

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2005/01/30

1月30日のマイマイ君

 もう、かれこれ一ヶ月以上前になるだろうか。買ってきたキャベツに小さなカタツムリが付いていた。悩んだあげく飼育してみることにした。
ビールジョッキがマイマイのおうち。
 ビールジョッキの中にキャベツと少量の水を入れ、上から網をかぶせただけである。2~3週間に一度、内容物を交換しているだけの適当さ溢れる飼い方だが、発見当初よりちょっとは大きくなっており、次第に愛着も湧いて来るというものだ。こうなったら梅雨時まで生き延びてもらって、近所の紫陽花にでも乗っけて自然に帰してやるかと思っている。
マイマイ君拡大図。
 現在、殻の直径 3.5mm 程度。そろそろカタツムリの生態を本格的に調べてみるつもりだ。

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2005/01/29

中華街に行ってきた!パート2

 中華街に行ってきた話しの続きだ。
 中華街に出かけることになった経緯は「パート1」で話したつもりだったが、よくよく思い出してみると、嫁の免許更新のため二俣川へ行く都合もあったのだった。免許の更新なんてそこら辺の警察署でも出来るものだが、休日に行うとなると選択肢はない。

 ちょっと脱線する。二俣川運転免許試験場。俺にとっては思い出深い場所だ。二十歳前後に何度も通ったものだ。今でこそ大型自動二輪は教習所で取得できるけど、数年前までは試験場で実地試験を受けるしかなかった。当時、神奈川県の試験は日本一難しいとか言われていて、そのせいもあったか何度も受ける羽目になった。
 ふむ、思い出せば色々書けそうだ。が、またの機会にしたい。

 閑話休題。免許更新に思ったより時間がかかってしまったため、二人ともおなかが減ってしまった。横浜駅に戻り、みなとみらい線に乗り換え、元町・中華街駅に向かう。実を言うと、みなとみらい線に乗ったのはその日が始めてであった。以前までは東急東横線が桜木町まで延びていたので、山下公園や中華街へ行くのに電車を使ったことは殆どなかった。桜木町から歩いて行くのも横浜らしい町並みが楽しめて好きだったからだ。ところがだ。みなとみらい線の完成と共に、東急東横線の横浜から先の駅が廃止されたものだから困ったものだ。みなとみらい線の運賃が安いならまだしも、終点の元町・中華街駅まで 200 円もかかってしまうのだ!初乗りでさえ 180 円とはどういうことだ!一生乗らんでも後悔するつもりはなかったが、その日はあいにくの雨、仕方がねぇから乗ってやったよ~だ。ってところで本日はここまで。朝まで生テレビを見ながらこの文章を書いていたら、あんまりはかどらなかった。残念。(番組では「ゆとり教育」がテーマとされていたが、こちらの予想より議論は白熱していなかったなぁ。)

 (^o^)/~~~

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2005/01/28

ダメだってさ!

 一昨日だったか、東京都の国籍条項訴訟の最高裁判決ってのが下された。結果、在日韓国人の鄭(チョン)さんが都の管理職へと進む道は閉ざされてしまったわけである。何故ダメなのかその理由ってのをかいつまんで言えば、公権力を行使できるような立場につく人間として、外国籍の方は相応しくないってことらしい。一見もっともらしいけど、 そもそも日本に生活を根ざす在日の人たちを“外国籍”としてひとくくりして良いのだろうか? 鄭さんが管理職になったら都政が転覆されてしまったりするのだろうか? 都民に対して何か恐ろしい政策を打ち出したりするのだろうか?
 石原都知事も狭量な男である。
「まぁ、司法判断はこう出ちゃったけど、鄭さんの場合は別にいいんじゃないの。...基準?都知事としての俺の判断だよ、文句あんのか? あの判決にもそれなりに根拠があり、世の中建前も必要だけどな、それとこれとは分けて考える。文句あんのか?」
って言ってみればいいのに。(知事の会見も、この件に関しては珍しく歯切れが悪いんだよね。ちったぁ申し訳ないと思ってるのか、それとも過去の三国人発言を思うにつけ、本気で差別しているのか、そこら辺気になるねぇ。)

 某掲示板で、この件に関する書き込みを読むと、まぁ酷い!
 人によっては読むに耐えない“便所の落書き”呼ばわりされるこの巨大掲示板。初めて訪れる方には刺激が強すぎるかもしれんが、意外や意外、あまり一方的な意見に流されることもなく、世間の風評よりは数段まともな意見も散在したりして面白い。ところが話題が“在日”の方々に関するものだと、手が付けられないくらい荒れまくる。何故だ?

 小学校の時の友達のことを思い出す。仲の良い友達だったが、五年生に進級する時点で何の挨拶もなく転校してしまった。転校するならお別れ会でも開くだろうに、突然いなくなってしまったといった方がよいか、とにかく呆気にとられた。そのことを母親に話すと、
「あぁ、あの子朝鮮人(注1)だから、朝鮮学校に行ったんじゃない?」
と、いうではないか。(はぁ?!)いや、ビックリした。友達が朝鮮人だったことより、実際に合ったこともない小学生の息子の友達のことを知っている母親に驚いた。いくつか交わした会話に含まれた、当人も気付かない程度の侮蔑にも...。
 こういう問題がクローズアップされるたびに思い出す。
 小学校の階段を、その友達のあとから上って行くと、先に踊り場へ着いた彼が突然振り向き言い出した。
「なぁ、舌と舌をくっつけたらどうなるかな?ちょっとやってみねぇ?」
当時の俺に、唇と唇を合わせるものがチューであるという知識はあったが、舌と舌をくっつけるなどという斬新な発想はなかった。(なるほど、それは面白い!)承諾し、早速その場で二人は向き合い、お互いに舌を出しながら接近する。お互いが接触した瞬間、二人同時にのけぞった事を覚えている。
「うっ!気持ちわりぃっ!」
そう彼は叫んだが、俺などはその気色悪さに言葉も出なかった。その後、二人して馬鹿なことしちゃったなって感じで教室にでも帰ったのであろう。間もなく彼が居なくなるとは思ってもみなかったが。
 それが彼との最後の思い出でもあり、唯一思い出せる出来事だ。

 彼らと我らと何が違うというのだ。違うとすれば、違ってはならん理由は何だ? 彼らとは何だ? 我らとは何だ?
 いったい、いつまで引きずり続けるつもりなのか。

※注1
母親は朝鮮人と言っていたが、実際は韓国籍だったのかもしれん。
そういえば
「馬鹿でもチョンでも~」
って言葉の意味を知った時も衝撃的であったな。よく使われていた言葉であるが、それは既に慣用句であり、その意味を知っている人間でさえ、この言葉を発するたびに、一々差別感情を込めていたとも思えない。ハッキリ差別感情を表すより、こういう何気ないことの方が深刻で厄介なことなのかもしれん。

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2005/01/27

中華街に行ってきた!パート1

 昨日の続きを素直に書く気になれない。書く気になれない以上、書かない方がきっと無理が無くて良いのだろう。このブログが三日坊主にならないよう、適当にやらせてもらうよ。

 で、本日のお題。中華街に行ってきたわけだよ。(日曜日の話しだけどね。)
 元来、外食するのが大嫌いな俺。大して旨いわけでもないのに料金だけは立派な店が多いからだ。会計するたび惨めな気分になる。
「こんなお粗末なサービスに、こんな金を支払わねばならんのか...。」

 外食するときは嫁と二人の場合が多い。そもそも出不精でもある俺は、部屋から一歩も出なくても一向に平気なタイプである。二人で何処かへ出かけるなんてことは月に一度もないかもしれん。それも一因なのだろう、たまに出かけることになれば嫁はそれだけで嬉しいようだ。
 出かければ現地で腹が減ることもある。前出の理由からなるべく外食しないように、食事を取ってから出かけることも多いが、買い物など、用事の如何によっては当初の予定も狂ったりして、やむを得ないこともあるのだ、そういう時は何処で何を食べるかでストレスがたまる。
 23日、嫁が教育関係の図書を購入するため出かけるついでに、俺は食材を購入するため同行することにした。元々食材は横浜の食材店か、中華街に行く予定だったので、(じゃ、大きな書店もある横浜に行くか!)ってなもんだ。ってところで本日はここまで。もう書くのがめんどくさい。

 (^o^)/~~~

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2005/01/26

教育って何よ?パート1

 なんでも、子供の学力が低下(注1)しているそうで、原因として「ゆとり教育」が槍玉に挙げられている。そもそも「ゆとり教育」を導入した時点で、ある程度の学力低下は織り込み済みではなかったか。何を慌てているのか俺にはサッパリ分らない。

 二、三週間前だったと思うが、朝のテレビ番組は、いつにない空気に包まれていた。キャスタとコメンテータがハッキリと対立していたのである。これは、朝という時間帯としては珍しいことである。大抵は両者共に当たり障り無いことを事を言い、もっともらしい問題提起をして次の話題へと流れて行くわけであるが、この日、学力低下の報道を受け、
「これは由々しき問題である。」
と、数人のコメンテータが発したところ、メインキャスタである小倉智昭氏一人、
「どうでもいいじゃん。それって大した問題なの?」
的発言をした途端、コメンテータ達から集中砲火を浴びることになる。
 ははは、彼らの(急に何を言いだすんだこの人は?!)というその狼狽した表情&視線が見ていて痛快であった。(人間だと思って話しかけたら実は爬虫類だった場合などに、人はあのような表情をするのだと思う。)おそらく、その日のニュース番組やワイドショーで、あのような発言をしたキャスタは彼ただ一人であったろうし、現在までも「「ゆとり教育」の性急な見直しに対し警鐘を鳴らしているのは一部の学者くらいなものである。

 かくも学力神話は根深い。

 この後、「教師の質が低下しているのではないか?」という話題から、「良い教師とは何か?」という話題へと流れて行くのであるが、これがまた傑作であった。が、本日はここまで。


※注1
学力低下といっても、それを具体的に証明することは難しいようである。
一方で、私たちは「ゆとり教育」の即刻中止を求めます!!←ここまでくれば、もはや何とも...。単なるヒステリーとしか思えんでしょ。(^_^;)

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