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2005/03/31

3月31日のマイマイ君

 前回から、もう十日も経ったのかとビックリしている。
 さて、毎回餌のキャベツを交換する時は緊張する。マイマイ君は明るいところが苦手なようで、普段は葉っぱの裏に隠れている事が多く、キャベツを引き出す際にうっかり握りつぶしてしまわないかとヒヤヒヤする。キャベツが簡単に引き出せれば問題ないのだが、切断面を増やすと傷みやすいので、なるべく傷の少ない一枚物を選別し、巣箱代わりのビールジョッキに無理矢理押し込む。そのため、簡単には取り出すことが出来ない。交換作業は慎重に行わなければならない。マイマイ君の位置が特定できるまで、少しずつ葉っぱの上部から解体して行く。ところが、今日に限ってマイマイ君が見つからないのだ。(何処行った?)ジョッキを持ち上げ、あらゆる角度から観察したが見つからない。(ぬぅ。)やむなく、流しの上で残りのキャベツを引き抜くと、カチンと小さな落下音が。おお!マイマイ君、そこにいたか!.......あれ、なんだか干からびているぞ!大丈夫かよ!
 新しいキャベツを、予め洗浄済みのもう一個のジョッキに装塡し準備万端。干からびたマイマイ君を葉っぱの上に乗せ、水を数滴かけてしばらく観察する。ぬ、いつもならすぐに目だかヤリだかを出すマイマイ君が微動だにしない。そういえば水がありすぎてもカタツムリは殻の中に閉じこもってしまうとか。
 ティッシュを使ってマイマイ君の周りの水を吸収してやると間もなく.......「もぞもぞ」してきた。うふふ。お前、生きてたな。
俺は生きてるぜ!。
 確実に大きくなってきているが、まだ 5mm には到達していないかな。

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2005/03/30

手抜き料理で文句あるか!

 通常我が家の食事は“おかず一品主義”が基本である。これは親父譲りで、いくつも皿が並ぶのが嫌いなのだ。小皿が沢山並んだ日には、目眩がしてしまう。まぁ、いくら一品主義とはいえ、肉野菜のバランスをとるために、具だくさんの汁物やサラダなどが追加されることもあるが、基本的に一品だ。
 今日、義兄が栃木から出張がてらに泊まりに来るらしいとのこと(結局来なかったが)。ところがこの義兄は“おかず沢山主義者”であり、テーブルは華やかに彩られなければ不満なのだそうだ。頻繁に来訪するのであれば、問答無用で我が家の流儀に従ってもらうが、そこは偶の来訪である、多少は先方の趣味も考慮して然り。(あ、ここで誤解があっては困るが、義兄はよその家に訪問する際、おかずの数を強要するような厚かましい人間では決してない。)我が家への到着はおそらく深夜となるはず。食事は済ましてくるのか、そうでないのかもよく分らん。到着してからチャッチャと出来るもの以外に、何か酒のつまみ兼おかずになるようなメインディッシュを作っておくことにした。

 じゃじゃ~ん!「鶏肉の四川風煮込み」である。↓
鶏肉の四川風煮込み
今回、ついでにブログで紹介するのは、これが超手抜き料理だからである。


材料

豆板醤(トウバンジャン):適量

甜麺醤(テンメンジャン):適量

豆鼓醤(トウチジャン):少々(無くてもいいよ)

ガラスープ:適量(骨付き鶏肉を使うなら水でもいい)

紹興酒または日本酒:適量

香味野菜(注):適量

ニンニク、しょうが:適量

鶏肉:好きなだけ

砂糖、みりん(無くてもいいよ):適量

塩、醤油:適量

作り方は簡単。出来れば底の平たい鍋を用意し、

  1. ガラスープ(または水)を入れる。

  2. ↑に豆板醤、甜麺醤、豆鼓醤、紹興酒、香味野菜、ニンニク数片、ショウガをいれ強火にかける。

  3. 塩、醤油、砂糖などで味付けするが、最終的に汁気が飛ぶまで煮込むので、薄目の塩加減にしておく。目安として、煮詰まった時に、ウナギの蒲焼きのたれ程度の濃さ、味になるようにする。

  4. ↑が沸騰したら鶏肉を皮目を下に入れる。写真下(1)

  5. アルミ箔などで落としぶたをし、続けて煮込む。写真下(2)

  6. 基本的に火加減は強め、肉を焦がさないように気をつけながら煮詰めて行く。

  7. 汁気が無くなったら完成。

煮汁が少なくなれば完成。

 包丁さえ使わない。ニンニクなど皮もむかずに投入すればよし、ショウガはスライスしたくなければ皿の底でつぶしてぶち込め。これはもう、一旦火にかけたら煮詰まるまで放っておいても良い簡単料理なのだが、途中で気になる神経質な人はアクを取ってもよい。

※注)香味野菜:セロリの葉っぱの部分、長ネギの青いところ、にんじんの端っこ等。普段捨てちゃう部分で結構。

PS. おお!義兄から連絡あり。やっぱ来るってさ。(31 日、深夜 12:05)

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2005/03/29

その後の「つぐみ、どこにいるの?」

 良かった良かった。連日気がかりではありましたが、本日、サイト“娘が帰ってきました”とのご報告あり!良かった良かった。

 話変わって。
 この事件、話題性もあってか、親子に対して一部の心ない人間のバッシングが非常に目立った。親にとってはワラをも掴む思いであったろうに、そういう困っている人に対し、あれやこれや詮索したり、不安を煽る書き込みをして一体なんになるのか。

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2005/03/27

パニック!その2の6

 相手のあまりの非力さに、殺意を削がれてしまった俺だが.....。

---前回からのつづき---
 侵入者の腕を掴んだまま、次の行動に移れずにいたところ、しばらくして一緒にいた板前さんがやっと加勢に来てくれた。(そういえば、あんた今まで何してたんだ?)と、その時は思ったが、自分にとっては長い時間と感じられたものの、おそらく俺が飛びかかってから十数秒しか経過していなかっただろう。板前さんは侵入者を背後から羽交い締めしてそのまま床に倒れた。

「早く警察呼べっ!」

板前さんの言葉に呼応するように、もう一人居た女将さんが近所の警察署へ走りだした。・・・近所に警察署があるなら、電話するより直接行った方が話が早い。下手に 110 番通報しようものなら、まず、相手が出るまで結構待たされる。一旦、警察のコールセンターみたいなところにつながるようなのだが、しばらく呼び出し音が鳴るばかり、なかなか電話口に出てくれない。おそらくその間、発信元(通報者)の逆探知でもしているのだろう。しかも一通り状況を説明してから、やっと最寄りの警察署などへ連絡が行くので、焦って電話している身ともなればじれったくて仕方がないのだ。結局警察署が近所でも数十分待たされることになる。直接行けば数分で済むのに。・・・現在では状況がどうなっているかは分らないが、とにかく当時はそういうものであった。

 ガタイの良い板前さんに羽交い締めされた侵入者は観念したように大人しくなっっていた。板前さんの興奮した鼻息だけが妙に耳に付く。何処か冷めた目で床に転がった二人を見ている自分が居る。侵入者は、ひ弱としか言いようがない痩せこけた男で、俺は何を恐れていたのかと、馬鹿馬鹿しくなった。取り上げた凶器も、よくよく見ればそれはただの錆びたノコギリであった。自分は冷静だと思っていたのが如何に勘違いであったか思い知らされる。
 間もなくパトカーのサイレンが近づいてきた。駆けつけた警察官が男に手錠をかけ連行する。自分たちも事情聴取のために警察署へ行くことになった。

---つづく---

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2005/03/26

自家用ジェットコースター その1

 大型二輪車の免許。今でこそ教習所で取得出来るが、ちょっと前まではまるで嫌がらせのように、運転免許試験場でしか実地試験を受けることが出来なかった。試験は平日の昼間にしか行われず、余程の暇人か、俺の友人のように、無理矢理会社を休むような酔狂しか受験するものはいなかった。その時代、日本車として発売出来る排気量は 750cc までと規制されており、それ以上のものに乗りたければ、外国製のバイクを選ぶか、逆輸入と称する日本製の外国仕様車を購入するしかなかった。免許取得の困難さ、当時の為替レート(1 ドル= 250 円程度)も相まって(平気でバイク一台が 200 万円以上した。)、バイクに興味のあるものにとって、大型車に乗るのはまさに“夢”であった。金があっても免許は取れないし、免許があってもおいそれと買える値段ではなかったのだ。それに加え、憧れる理由は他にもある。バイク好きは間違いなくバイクの機動力(加速力)が好きなのだ。250cc の中型二輪車でさえ、大抵のスポーツカーよりスタートダッシュは速い。しかも夢の逆輸入車となれば、馬力規制もなく、平気で 100 馬力以上、スピードメーターも 200km/h 以上メモリが刻まれていた。(今時だと 160 馬力、メーター 300km/h なんていうのもある。すげぇ。)一体全体、どれだけ速いのか見当も付かない。当時のバイク乗りはそれらを畏敬を込めて、“リッター・モンスター”(リッター= 1 リットル=1000cc の怪物)と呼んだものだ。
 長くなりそうなので、俺が免許を取った経緯は端折る。
 免許を取得してしまった俺は、ご多分に漏れず、モンスター・バイクが欲しくなってしまった。逆輸入車など身分不相応でしかないのだが、当時日本はバブル景気の真っ最中であり、数年前まで 1 ドル= 250 円以上のレートが、急激な円高により、あれよあれよと 1 ドル= 100 円前後になってしまった。
 逆輸入というのは、一旦外国に商品を輸出し、その国の税関手続きを経て日本に戻される仕組みだ。つまり日本で売る価格に、外国までの往復輸送料、外国と日本での関税が上乗せされるため、仮に同じ品物でも普通は割高となる。しかし急激な為替変動は面白い現象を起した。一時的ではあったにせよ、逆輸入車の値段がビックリするくらいに安くなったのだ。バイク雑誌を見たら、あこがれのバイクが 75 万円前後で予約受付となっている。目を疑った。普通に国内向けのバイクを買うより安かったのだ。販売店に行ってみると、納車手続きなど諸費用コミで 100 万円弱だという。迷わず親から借金をして購入に踏み切った。(毎月の返済額 10 万円。それを 12 ヶ月繰り返して、年利 20%で返してやったぜ。)それがこのバイク GSX1100S 刀(KATANA)だ↓
GSX1100S 刀
 実際は限定色で赤い車体だったが、写真をスキャンするのが面倒なので一般的なこっちを載せておく。
 当時の月収は手取りで 17 万円だったから、そこから借金を差し引いた額で生活費全般をまかなわなければならなかった。食費を削ってもガソリン代に窮するほどだったが、不思議とそれなりに充実した一年であった。

---つづく---

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2005/03/25

つぐみ、どこにいるの?

 つぐみ、どこにいるの?←つぐみチャン(小学5年生11歳の女の子)が失踪してしまったとのこと。お母様が急遽立ち上げられたブログです。皆様よりの情報を求めております。

 微力ではございますが...。

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2005/03/23

禁断の味!の3

 一人暮らしの人間にとって、安く食える食堂の存在はありがたいものだ。みすみすこれを失ってはなるものか、と、もう一度確認の意味を込めて、その店に向かった俺であった。

 前回からの続き。
 俺は店に入るなり、今度は迷わずトンカツ定食を注文した。それを耳にした厨房のオッチャンが、(むっ、来たな!)といった表情でこちらを一瞥する。まるでこの間の再現のようだ。否応にも緊張感が高まる。
 しばらくして件の皿が運ばれてきた。きつね色のそれを眺めた後、決心して箸でトンカツを一切れつまみ上げる。そして食い入るように断面を確認した。眼が釘付けになった。なんと、肉の断面がまたしてもピンク色なのである!レアなのである!半生なのである!(なにぃっ?!)うろたえた俺は箸でトンカツを挟んだ手のまま、これを調理したオッチャンに顔をむけた。すると、またあろう事か、それまで俺の様子をうかがっていたのか、オッチャンと目と目が合ってしまった! またあろう事か、目があった瞬間、オッチャンは慌てるように目を伏せやがったのだ!(えっ? 毎度毎度、その態度ってどういうことっ?!)
 それ以降、オッチャンは二度と俺の方に顔を向けることはなかった。俺はまたもや激しく動揺した。

 こんなもの食えるか!...とは言えない。理由は明白だ。この間のあの味を.......畜生!まだ舌が覚えてやがる!(おお!あの半生の美しいピンク色の断面からにじみ出るあの甘みよ。サクサクの衣と合いまったソースの酸味が、またそれを引き立てるに違いないのだ。おお!あの肉の感触よ、あの歯触りよ.....。食うべきか、食わぬべきか、.......俺は、.......俺は.......?)
 食った、結局食ってしまった。残さず一気に食った。きれいに平らげた。馬鹿野郎!旨かったのさ!(涙)

 食後即座に金を払い、そそくさと店を出た。もうこの店には二度と来るまい。俺は一抹の寂しさを覚えた。

---おわり---

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2005/03/22

ボケ防止対策!Chapter2

 俺がまたエレクトリック・ベースをいじりだした経緯は前回の項に詳しい。
 いやぁ、自分でもビックリしてるけど、意外と指が動くものですよ。最初の不安をよそに、過去に練習したフレーズを不思議なほど覚えているもので、こりゃいいやってなもんです。ま、あまり難しいことはやってませんし、演奏力は落ちているものの、一から始める感がないのはせめてもの救い。近頃はもっぱら、ポパイのテーマ(ほうれん草を食べる時の“タカタタッタター”ってやつね。)をやってます。これは、かの名ベーシスト、ネイザン・イースト(注)のオススメ練習フレーズだったと思う。コミカルな曲調に似合わず、結構運指が厄介ですが、日々上手になって行くのは楽しいものです。

 マーカス・ミラーというベーシストが、久しぶりにソロアルバムを出しました。タイトルはシルヴァー・レイン。一聴すれば、「お、マーカス・ミラー!」ってすぐに分るのが彼の凄いところ。当然、ベース好きなら要チェックというわけで、早速購入したわけです。
 悪いアルバムじゃありません。彼の演奏も相変わらず彼らしいです。が、今回やっと気が付きました。俺はマーカスが嫌いです。(ええっ!自分でもビックリ。)今まで、うすうす気が付いていた気もしないでもありませんが、3~4枚ほど彼のソロ CD を購入した挙句、やっと確信しました。彼の音楽が嫌いだったのです。これは仕方がないことで、良い悪いではなく、好き嫌いの問題だからどうしようもないですな。もっと早く分っていれば、「無駄な出費がかからず済んだものを...」と、後悔しそうですが、彼のプレイには目を見張るところがあるので、ま、いいか、って事にしておこう。ちなみにマーカスの参加したアルバムで俺が一番好きなのは「ジャマイカ・ボーイズの“J - BOYS ”」。このファンク・アルバムは傑作だと思う。(うむ、聴きたくなった。)そうなんだよ、マーカスは難しいこと考えてないで、好きに弾き倒してくれれば、その方が余程カッコイイんだよ。もう自作は作らなくていいから、他人のアルバムでベキベキ演奏してくれい。


※注) ご存知エリック・クラプトンのアンプラグド・ライブなどでバックをつとめるベーシスト。いやぁ、カッコいいんだ彼のプレイは。オススメはアニタ・ベイカーかフォー・プレイのアルバムかな。
(そういえば、アニタ・ベイカーの新譜、コピーコントロールじゃねぇか! ふざけんな! すっごく聴きたいけど、俺は一人不買運動を推進しているので、この手の CD は買わん! .......でも聴きたい。.......嗚呼、聴きたい。レコード会社のバーカ!)

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2005/03/21

3月21日のマイマイ君

 ちょっと前まで平気で二~三週間以上もっていた餌のキャベツが、十日も経たぬうちに傷んでしまった。最近は気温も暖かくなってきたからなぁ。この調子だと、これから先はもっと頻繁に交換しないとダメかも。
どっこい生きてる、ビールジョッキの中。
 う~む。前回から比べても、あまり大きくなってませんな。当たり前って言えば当たり前か。

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2005/03/20

全面降伏!

 竹島問題というか独島問題というか、...嗚呼、つくづく残念ですな。昨今の韓流ブームは、両国にとって待ちに待った好機ではなかったか。この奇跡の到来は今回の問題でアッサリ流れてしまうわけ?...嗚呼。
 結局調べれば調べるほど、俺には両国それぞれの主張には決定打を欠くとしか思えない。そして、問題をこじらした原因は、両国が長期にわたってこの問題をうやむやにしていたことではないか。とっとと両首脳が会談を設けて白黒決着付けてくれよ。む?よくよく考えれば、この問題を解決するには友好ムード高まる今しかない気もしてきたな。まさかそれを見越しての竹島の日制定か?だったらいいなぁ。

 俺が韓国との問題に興味を持つようになったのは、まぁ、土壌としては小学校での経験( 1 月 28 日のコラム「ダメだってさ!」)もあったのだろうが、好きな SF 作家、豊田有恒氏の影響でもある。氏の著書「イワシの頭」は諸外国と日本の文化の違いから生じる軋轢をコミカルに描いた連作短編集である。書題の「イワシの頭」(注)などは涙なしには読めない傑作。豊田氏の博識とみごとな見識に是非みなさんも触れていただきたいのだが、既に絶版、残念なことだ。(個人的には古書店を何軒か回ってでも読んで欲しいと思うくらいだ。)
 その作品が素晴らしく、氏の著作を他にも読み進めて行くうちに、氏が日本と韓国(朝鮮半島)問題のエキスパートだということが分った。氏は韓国と日本との友好を切実に願いながらも、ある一時期は絶望してしまう。熱すぎる韓国の国民性に対して、それでは会話の余地が全く無いではないかと。しかし、氏は次のように弁護もしている。朝鮮半島の過去二千年間を振り返ると、かの国は約二年に一度の割合で他国から侵略を受けている計算になるのだそうだ。(二年に一度だよ!信じられるか?)なんという悲しい過去を背負った民族なのであろうか。そういう背景を考慮すれば、過剰とも思える彼らの反応も理解出来るのではなかろうか、と。

 ワイドショーでは、ヨン様の追っかけオバチャンにコメントを求めていた。今回の問題により、韓国との関係が悪化しそうだが、それについてどう思うかと。オバチャンは即座に淀みなく、何恥じることなく答えたよ。残念な出来事だが、それでヨン様への気持ちが変わるわけはないと。
 正直俺は、韓流ブームなんて一時的なものだと思っていた。上辺だけのものだと思っていた。でもさ、思ってたより根付いているんじゃないかって、そのコメントを聞いてやっと理解した。
 彼女たちのことを多少みっともないとも思っていた自分を今では恥じている。争うことしか知らない野郎どもより、彼女たちの方が余程賢明だ。俺はこれから彼女たちが TV 画面に映るたびに手を合わせることにするよ。

 最早あなた方こそが最後の希望だ。誰もあなた方には敵わない。敵うものか。

※注)思いっきり間違えました。泣ける作品は書題の「イワシの頭」ではなく、「横メシ」であった。失敬!

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2005/03/19

それだけは言うな!

 夕食を作るのは俺の日課であるし、苦にするどころか、むしろ料理は好きな方だ。しかし、世のお母さん達と同じく、毎日の献立には苦労している。.......やはり苦になっていると言うことか。

「今日は何を作ろうかしらねぇ...。」

この台詞を聞いた子供、旦那、あるいは嫁は、直ちに食べたいもの、または食べたくなくても何かしら応えなければならない。これは決まり事だ。間違っても「なんでもいい。」などと言ってはならない。

 さて、とりあえず、食ったことがないもの以外は、何とか作れる自信もある。つまり、味はともかく結構なんでも作れるはずだが、いざ作るとなると何も思い浮かばない。今日、何を作るか、それが問題なのである。そういうわけで、嫁が職場の飲み会、同僚との旅行などで家を空けようものなら、積極的に送り出すことにしている。

 TV の料理・グルメ番組はレパートリーを増やすのに参考になる。そのうち料理番組の方はレシピが紹介されるので問題ないが、グルメ番組にはちょっと困っている。リポーターの質が低すぎるのだ。あいつらは料理の味を表現するのに「おいしい!」、肉の旨さを表すのに「やわらか~い!」、...この二言しか知らんらしい。これには参る。最初のうち(俺は結婚するまで TV の無い生活を 10 年以上送っていた。)こそ物珍しくて何とも思わなかったが、最近は非常に腹立たしく思えてきた。おまえらプロとしての自覚はあるのか、と。お陰でこっちは何の参考にもならんわい。

 俺は開高健(かいこうたけし)という作家を敬愛している。作品は元より、豪快奔放に人生を全うした人であったが、実は誰より自身を律しなければ、そのようなライフスタイルを実現することは出来なかったのではあるまいか。破滅型の天才などは、それが出来ずに夭折してしまうのであろう。破天荒に人生を“全う”するのに必要な資質は天賦の才ではなく、何か後天的なものである気がする。氏は、食に限らず、それらの官能の極北を知りながら、その奔流に溺れる事無く元の日常に戻ってこれた。.....とても無理だな、俺には。
 氏の作品の中で好きなものをいくつか挙げよと言われれば、まず「オーパ!」シリーズを選ぶだろう。和・洋・中に精通した料理人を従え、当時秘境と呼ばれた場所へ釣りに出かけた際の手記である。「釣った魚は食う。」その姿勢に大変共感するが、それに対する氏の骨身を惜しまぬ打ち込みぶりが凄まじい。基本的に食材は現地調達である。そりゃそうだ、釣った魚を食おうというのだから。しかし、氏はその魚を単なる釣果としてはとらえていない。釣り糸を通して命の会話を交わした相手を、敬意を持って出来る限り旨く食おうとする。料理人を従えるのもその一環であり、毎回現地まで空輸される調理器具、調味料、補助食材の総量は常軌を逸している。(おっと、前置きが長くなってしまった。ま、「オーパ!」に関しては、興味があれば読んでみて欲しい。)
 今回俺が言いたかったのは氏の表現力の素晴らしさだ。氏は食を語る時、「美味しい」という表現を封じた。自身の受けた感動を決して陳腐な一言で片付けることなく、読者へ“伝えよう”と全霊を傾けた。その文章は最早芸術であり人類の叡智である。ちなみに「まったり」という表現を最初に用いた(創作した)のは氏であったと記憶する。言葉まで創出するとは誠に恐れ入る。


 .........だからさ、単に「おいしい!」だの「やわらか~い!」だのはさ、止めてくんないかいっ!

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2005/03/17

Hitch !

 ウィル・スミス主演「最後の恋のはじめ方(原題:Hitch)」の試写会に行ってきました。
 結論から先に言うと、大変面白かったです。粗筋や詳細は本家サイトで、と言いたいところですが、ざっと調べたところ、まだ立ち上がってないようですね。仕方がないので何とか解説してみたいと思います。
 主人公のアレックス・ヒッチ(ウィル・スミス)は、青春時代に初恋で大失敗し、その経験からデート・ドクターという職業を開業します。どういう職業かと申しますと、恋愛アドバイザー(あるいはコンサルタント、あるいはカウンセラー)とでも申しましょうか。具体的には、シャイな依頼人(男性)に対し、片思いの女性へ声をかけるキッカケを作ってあげたり、その後のデートのアドバイスや、自信を失いがちな依頼人の鼓舞まで行います。(アメリカだったら本当にありそうな職業だが、実際はどうなんだろうね。)主人公ヒッチの辣腕ぶりもさることながら、依頼人のアルバート(ケヴィン・ジェームス)のダメぶりがまた愛らしくもあり、二人のドタバタなやりとりは傑作で見所。この恋の成り行きと共に、ヒッチ自身の恋愛の行く末がこの映画の核になるわけですが、これ以上解説すると実際観た時のお楽しみが減ってしまうと思われるので粗筋はここまで。
 さて、感想はと言いますと、主人公はウィルじゃない方がひょっとしたら良かったかもしれません。非常によい演技をしており、当人に落ち度は全く無いのですが、アルバート(依頼者)役があまりにもはまっていたので、ウィルの個性というかオーラがかえって邪魔になってしまったかなぁと。つまり、映画のピントが定まらないとでも言いましょうかね。本来なら主人公の恋愛にわずかでも比重が寄っていればバランスの良い映画になったのでしょうが、脇役のアルバートのエピソードが良過ぎちゃったのは、きっと制作側にも予想外だったのではないでしょうか。じゃ、結局ダメな映画かというと、そんなことは全然無くて、傑作の部類に入るかなぁと個人的には思います。つまり、あえてケチを付けるならというレベルです。
 展開も最近の映画らしくなく、大変ゆったりしたもので、そこも評価したいですね。良くあるでしょ、アクション映画みたいなめまぐるしい展開やカット割りが。それも悪くはないけど、アクションものもストーリーものも何でもかんでもっていう最近の傾向はどうかと思うわけですよ、あわただしくてね。そんななかで、ちょっと古くさいようなこの映画の展開は逆に新鮮でした。

 ハートウォームなコメディ映画が好きな人にはオススメですよ。

PS. 原題の Hitch(ヒッチ)というのも気が利いてますな。まぁ、主人公の名前なんだけれども、“引き寄せる”、“引っかける”という意味ですから、良くとれば「人と人とをつなぐ」となるでしょうし、悪くとれば「人を騙す」って事になりますかね。映画の内容を示唆する良いタイトルだと思います。邦題も好きですね。ただカタカナで“ヒッチ”にするより全然良いですよ。

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2005/03/15

パニック!その2の5

 意を決し、侵入者に飛びかかっていった俺であったが.....。

---前回からのつづき---
 座して死ぬくらいなら足掻いてやる。一矢報いてやらなきゃ気が済まん。俺は、侵入者に飛びかかった。気が付いた男がナタを頭上に振り上げる。俺は心の中で雄叫びを上げていただろう。

(間に合う!)

男がナタを振り回すより先にその腕を両手で掴み、男の頭上で動きを封じることが出来た。相手は刃物とはいえ、この至近距離だ。これで多少揉み合っても怪我で済む。後は迷わず次の行動に出るのみ。短時間であったが、男に飛びかかることを決心した瞬間から、既に何度も一連の行動をシミュレーションしている。まずは両手で凶器を封じつつ(ここまでは上出来だ)相手のバランスを崩し、左手はそのまま右手で男の首根っこを掴み、倒れかけた方のテーブル、もしくはカウンターへ、そいつの頭を叩き付けるだけだ。渾身の力を込めて。
 手加減はしない、殺してやる。殺してやる。

(殺してやる!)

 俺は凶器を持った腕をねじり上げ.....た。が、その瞬間、得も言われぬ違和感に襲われる。
 冷水を浴びたように突如我に返ってしまった。訳が分らない。(何だ?そうか、そうだ、相手があまりにも非力なのだった!)男が少しでも抵抗していれば、興奮して我を失っていた俺は、迷わず凶行に及んでいたことだろう。ところが男は力なくあえぐだけで、こちらのなすがままだ。これは全く予想だにしなかった。完全に不利な形勢から一転、完全に優位に立ってしまった俺は、逆にパニックに陥った。保身のため迷わず相手を殺害しようとした本能と、突如覚醒した理性に挟まれて、もうどうして良いのか分らない。ぼやぼやしていたら命取りになるやもしれず、とはいえ相手はあまりにも非力だ。

(殺して良いものなのか.....?)

---つづく---

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2005/03/13

3月13日のマイマイ君

 完全放任主義で飼育中のマイマイ君であったが、本日、餌のキャベツを交換する時にビックリしてしまった。なんと、キャベツの葉の茎の部分から根っこが生えているではないか!
仰天!キャベツの生命力。
キャベツもしっかりと生きていたんだねぇ.......。

 で、肝心のマイマイ君はといいますと。こちらも順調に育っている模様。殻の直径も殆ど 5mm くらいまで成長している。よしよし。しかしこの調子だと、野に放つ予定の梅雨時まで、どのくらいになっているのか不安である。
順調に育っておりまする。
 マイマイ君。遠慮せずにどんどん大きくなってくれたまえ。

PS. 確定申告の締め切り間近。しかもタイミングの悪いことに風邪も引いてしまった。無茶苦茶ピーンチ! であるが、締め切り間際でパニック状態に陥ると、つい漫画を読んだり映画を見たり音楽を聴きたくなるのが人の常である。このブログもしばらくお休みの予定であったが、そういう理由で書き込まれたのであった。

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2005/03/11

北海道あれこれの2

 続くかどうか分らなかったこのテーマ、もう一回くらいは引っ張ってみようかと.......。

 ところが、いきなり北海道から話題は逸れてしまうわけです。(笑)
 先日、どっちの料理ショーという TV 番組で、きりたんぽ鍋が紹介されていた。秋田名物ですね。見ていたら食べたくなっちゃったので、さっそく我が家でも夕食で作ることにしたのです。具材には“芹(セリ)”が欠かせないそうで、しかも根っこが旨いとか。普段なら捨ててしまうところですが、あえて挑戦して食べてみました。おお! シャキシャキした歯応えがたまりませんな! これから芹の根は捨てずに食べようと思います。しかーし! 嫁が職場でそのことを秋田出身の方に話すと、「そんな土臭いところは、普通食べない。」と、アッサリ言われたそうです。意外とそんなものかもしれません。

 さて、北海道に話しを戻そう。
 十年くらい前、帯広で出張を終えた俺は、折角だからとそのまま観光を決め込むことにした。旅費が浮くだけでも儲け物だ。以前から行ってみたかった釧路湿原へ行くことを、出張先の会社の方に何気なく話すと、なんと、釧路支店へ帰る社員さんを紹介してくれて、その方の車で送ってもらえることになった。(ラッキー!)ありがたい話しである。
 通常、仕事が終わった頃には、既に日が暮れていることが大半だ。移動すると言っても北海道の夜は暗く、本来なら眼前に広がっているであろう悠然たる風景も、いつもは暗闇の中。ところがその日の仕事終わりは昼過ぎだったので、釧路へ向かう車中、俺は北海道の風景を十分に満喫することが出来た。
 連日の寝不足で疲れていたのか、いつの間にか寝てしまっていたらしい。同乗者に起されて気が付くと、既に釧路の営業所に到着していた。お礼を言って別れようかと思っていたら、折角だから所内で行われているバーベキューに参加してくださいとのお誘いを受ける。それはさすがに厚かましいので断ろうとしたが、人数も社員の家族を含め、50 人前後参加しているので、一人二人増えようが減ろうが態勢に影響はないとのこと。そんな風に、こちらに遠慮させまいと、色々お気遣いさせるのも逆に失礼かと思い、飛び入りさせてもらうことにした。
 地方に行くと食べ物がやけに旨い。それは喜びであると同時に、普段、自分が食っているものは一体何なのかと、その度に思い知らされる。北海道は特に顕著だ。頭に来るほど食い物が旨い。肉も魚も野菜も何もかも旨い。しかも出張で行ったりすると、現地の方が、さらに美味しいお店を紹介してくれたりして、時々信じられないほど幸福な思いをすることがある。と、まぁ、そこら辺は別の機会にすることにして、バーベキューでの話しに戻す。
 旨い肉、野菜を食らい、北海道最高! なんて思ってるうちに朝取れたてというサンマが届いた。見事としか言いようがない大振りの丸々としたサンマだ。さっそく網に乗せて焼く。時々ハゼながら焼けて行くその姿を見ているだけでも幸せである。ところが折角食べ頃になっても、誰も手を付けようとしない。地元の人にとっては珍しくも何ともないのだろう。(この贅沢者め!)な~んて、つい毒づきたくもなる。俺は遠慮無くサンマにかぶりついた。言い忘れたが、俺はサンマを頭から骨ごと食ってしまう。他人には、その光景を見られる度にビックリされてしまうので、なるべく人目を避けるように食べたつもりだが、50 人もいればどちらを向いても人がいる。案の定、一人の男性に見られてしまい、どうしてサンマを頭から食べるようになったのか説明する羽目になった。やれやれ。一通り説明した後、お楽しみの腸(ワタ)の部分にかぶりつくと、更に驚かれてしまった。これには予想外。どうやら地元の人はサンマのハラワタなど食わんらしい。「そんなの捨てるだけで、畑の肥やしにもしないぞ!」とのこと。こちらでは、漁で捕れた小魚などは、一々食わずに畑に撒いてしまうのだそうだ。サンマの腸を食うなど言語道断というわけか。


---なんだか長くなりそうなので、つづく---(笑)

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2005/03/10

教育って何よ?パート3

 またもや前回より随分時間が経過してしまったが、パート3だ。

 さて、ここまでだらだら引っ張ってきてしまったが、教育って何だろう。

 子供達が学校で過ごす時間のうち、大半を占めるのが授業であろう。学業を修めさせることは学校の果たすべき主たる目的であるから、巷で騒がれる学力の低下や、それに伴って授業の質、教員の能力が問題になることは、まぁ不自然な話しでもない。しかしだ。あえて無視する。俺の持論はこうだ。学校とは子供達が社交性を磨く場所であり、他者と自分という関係を認識し、構築する場所だ。それが無理でも最低限、“世の中色んな奴がいるんだね”ということが分ればそれで良いとさえ思う。その中で教師に科せられる最大の仕事は、子供達へ自分の生き様を見せることでは無かろうか。「大人も辛いんだな」とか、「人生ってのも悪くなさそうだな」とか、「あんな風にはなりたくねぇ。」とか。

 俺が通った高校の数学教師は傑作だった。生徒が、そこ分りませ~ん! と質問するなり、黒板から振り返って一言。

「数学は、フィーリングです。」

それは真理であるが、説明を放棄した時点で数学教師としては失格かもしれない。しかし生徒の受け取り方は様々であった。そんな言い方は無いだろうと反発する者。拍手喝采して茶化す者。その言葉を良く理解出来ない者。俺のように妙に感心してしまう者。
 今振り返ってみても、それはそれで良い勉強になったと俺は思うのだ。

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2005/03/09

楽しみである!

 フィギュアスケート世界ジュニア選手権で、男女双方、日本人が優勝した。.......という快挙は、話として知っていたが、先日、優勝した二人の演技映像を、TV のニュース番組やワイドショーで観ることが出来た。俺はちょっと衝撃的なくらい感銘してしまった。二人(織田信成君と浅田真央ちゃんである)とも表現力が素晴らしいのだ。過去、日本人のフィギュアの演技を観て、俺がいつも物足りないと感じていたのは、ひとえにこの部分である。技術は素晴らしくても、なんか小さいんだよね、観てて。ところがこの、まだあどけない二人には演技のデカさというか豊かさが、もう既にある。そこだけ見ればもう円熟の域に達している、といえば過言だが(笑)、俺はあえてそう言いたい。

 随分昔のことであるが、TV 番組で、ロシアのバレエ学校の練習風景を、何気なく視ていた時であった。先生がポンと両手をたたく合図で、生徒である一人の少女が片足をスッと天高くさし上げる。遙か頭上にそのつま先が届いた瞬間、地に着いた足のかかとから、ヒザ、太モモ、上半身を抜け、天上のつま先へと“伸び”を加える。その一連の動作の美しいこと、優雅なことといったらこの上無かった。人はただ足を上げるだけで、これほど人を魅了できるものであろうか。当然、その域に達するまで相当の訓練が必要だったことは想像に難くない。そこに気づいてからあらためてバレエを鑑賞(TV ですが)すると、また違って見えてくる。ダンサーという表現者は、どの瞬間、どの角度から観られても美しくあるように、その身を振る舞っているのであったか!見事。

 さて、前述の二人に話を戻すが、彼らにも同じ事が言える。演技中、常に魅せることに心がけている。今までの選手のように、大技の前に“いかにも助走”したりしない。いや、正確に言えば、その助走の間でさえ、魅せることを忘れていない。素晴らしい! しかも彼らはまだジュニアなのだ。これから先が楽しみだよまったく。

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2005/03/07

その後の 嫁、クラッシュ!

 嫁が車にぶつけられたのは、前回お伝えした通り。怪我は大したことはない。が、あれから反響はなかったのかと、嫁がしつこく俺に聞く。未だに聞く。(.......ありませんよ、何一つ。誰もあんたの怪我なんぞ心配しませんってば。)

 最近、ブログの話題に困窮しているのだが、さぁて今日は何書くべ? と、俺が漏らすたびに、

「ねぇねぇ、私のヒザの怪我のこと書くと良いよ、ほらほら、まだアザが残ってるよ。」

.......(-_-;) 何一つ反響がなかったのが余程悔しかったらしい。

 そう毎回言われれば、もう仕方がないので写真を掲載することにします。(これ以上無視し続けると、嫁はヘソを曲げてしまうかも知れません。)
嫁の膝

 ブログをご覧の皆様にお願いです。たった一人で良いのです。「大丈夫?」ですとか、「痛そう!」ですとか、一言でよいのです。心配するフリだけでもしてもらえませんか!(T_T)


※ちなみに怪我の方は順調に回復に向かっており、見た目ほどではありませんよ、ご心配なく、いや、心配してやってください!(^_^;)

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2005/03/06

禁断の味!の2

 思い切ってトンカツ定食を注文した俺であったが.....。

 前回からの続き。
 俺は緊張した面持ちであっただろう。しばらくしてトンカツ定食が目の前に運ばれてきた。それは一見どうって事の無いもので、正直なところ失望の感があった。(何の変哲も無いなんて.....。)
 でもよく考えれば、トンカツ定食で有ることに変わりは無し、そもそも必要以上に期待していた俺の方がおかしいのである。気を取り直し、ソースをたっぷりかけ、トンカツを一切れ口に運ぼうとした時、俺の目はその断面に釘付けになった。なんと、肉の断面がピンク色なのである、レアなのである、半生なのである。(...これは豚肉だぞ!どういうことなんだ?)そう思った俺は箸でトンカツを挟んだ手のまま、これを調理したオッチャンに顔をむけた。するとあろう事か、それまで俺の様子をうかがっていたのか、オッチャンと目と目が合ってしまったではないか! またあろう事か、目があった瞬間、オッチャンは慌てるように目を伏せやがったのだ!(えっ? それってどういうことっ?!)
 それ以降、オッチャンは二度と俺の方に顔を向けることはなかった。俺は激しく動揺した。(果たして食って良いものか.....?)豚肉は生食に適さない。誰でも知ってる。これは調理ミスなのか? その割にはオッチャンの挙動は確信犯めいていたぞ。どうする? 俺はどうしたらいい?
 普段の俺なら、激しく店に抗議するところだ。ところが何故か出来ない。店の雰囲気が原因なのか? そしてあろうことか、俺はその半生のトンカツを口に入れてしまった。今思えば魔が差したというか、何か抗うことの出来ない力が働いたとしか思えない。おそるおそる咀嚼する。......やがて噛みしめるように.....む?

(...旨い?.....なんと旨い?.....旨いのかっ!)

なんと!生の豚肉は旨かったのだ。レアであるからして十分にジューシーであり、普段感じる事が出来ないであろう、この肉の甘み、旨み。それがサクサクの香ばしい衣、ソースの酸味と絡み合い、豊かな味わいを醸し出す........の、だ、が、やはり頭の片隅では“生の豚肉は危険”という意識が根強く残っており、なおさら心は穏やかでない。
 心ここにあるのかないのか、なんだかんだ全てを平らげてしまった俺は、何も言えず料金を支払って店を出たのであった。

 幸いその後、腹をこわすこともなく数週間が経過。しかしその間、俺はその店に行くことが出来なかった。

(あれは調理ミスだよな? それともわざと?)

ずっと心に引っかかっていた。だがやがて結論に達する。希少であるが、世の中には生食出来る豚肉もある。無菌室で育てられた無菌豚という奴で、こいつの肉には雑菌が存在しない。しかし、それは高価であり。とてもあの安いだけの食堂が扱う食材ではないのだ。つまりあれは調理ミスだ。そういうことなら、いくら安いといっても、そこで食べることには抵抗が出てくる。トンカツすら満足に揚げることが出来ないなら、なにかその他に衛生面でも問題を抱えているかも知れないのだ。安いからといって、これは軽視できない。とはいえ、長いこと営業していたら、一度や二度の調理ミスは起こることだろう。俺としても、安く食べられる食堂を失いたくはない。

 ある日、俺は意を決して再度その食堂へ向かった。もう一度トンカツ定食を注文するのだ!


---つづく---

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2005/03/05

どこ行ったんじゃ~っ!

 先日、テレビをザッピングしてたら、まだ十代と思われる女の子だけのバンドが歌っていた。むう? センス良いじゃん! ボーカルは英語の発音も良く、割と上手い。しかし、実はそれ以上に気になったのは曲の良さだ。

「日本人もこういう曲を作るようになったか。」

見た目若いクセして良く洋楽を勉強していると思った。曲自体にそういう影響をプンプン感じるし、そうでなければ、日本語をあんなに上手にこの手の曲に乗せることも出来まい。どれどれ、なんというグループだ?

中ノ森 BAND ?(なかのもりバンドっていうのかな?)なんじゃそりゃ!」

ネーミングのセンスはさておき、久々の要チェック。そう思って、今日近所の CD 屋に行ってみることにした。
 .........在庫無ぇし! 腹立つなぁもう! やる気が無いならサッサと店閉めろ!ってなもんだ。
 俺は現住所を大変気に入っている。物価も安く、交通の便も良い。お陰で生活は非常に便利だ。しかし一つだけ不満があるとすれば、まともな CD 屋が無いこと。駅前に一件ある店は品揃えも悪く、店員の音楽知識も無さ過ぎる。嗚呼! 昔はこんなんじゃなかったんだ! 前から小さな店だったけど、昔は素晴らしいお兄さん(店員)がいたんだようっ!幅広い音楽知識を持った、レコード屋になるべくしてこの世に生を受けたに違いない素晴らしい男がっ! そのお兄さんに、俺の好きなスタジオミュージシャンを言えば、たちどころに数枚のレコードを列挙してくれたりしたものさ。マイナーなフュージョンの CD だって、

ロス・ロボトミーズ(Los Lobotomys)(注1)ですね? あぁ、在庫有ったんですけどね、切れてますね、ハイハイハイ、注文しておきます。」

てなもんで、今の店員みたく、自分が聞き慣れないバンド名を何度もこちらに聞き返すことなど無かった。物色中に店内で流れた有線の音楽に衝撃を受けた俺が、今流れている曲は何ですか? と、聞けば、

「あ、ram jam world(注2) ですね。」

と、即座に応えた。

「注文します!(ToT)」

俺も即座に応えたさ!

 これぞ、プロと客との正しい関係というものだ!
 突然いなくなっちゃったお兄さん。いったい何処へ行かれたの? 俺はあんたが恋しいよう!

 閑話休題。中ノ森 BAND の事であるが、仕方ないのでネット検索してみた。おお!短いながらも試聴できるではないか、よしよし。(ラズベリーパイっていう曲ね。)あ、なんだよ!作曲が外人さんじゃないのよ! なんだよもう!期待してたのになぁ、ちょっとガッカリだぞう。

 むう、今日も音楽の話をしてしまった。こういう話題なら話は尽きないのだが、なるべくバラエティーに富んだ内容を心がけたい。

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※注1)今、ロス・ロボトミーズのアルバムというと、比較的手に入れやすいのはこれ→ The Official Bootleg みたい。

※注2) 「Rough & Ready」(97 年)に、収録された「searchin'」という曲がカッコイイ(試聴サイト)。この曲のベース担当は俺の大好きなバカボン鈴木さんだ。

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2005/03/03

「便利になった」ことにしてやる!

 ひと月ほど前から、愛用のノートパソコンの液晶画面が暗くなり始めてきた。おそらくバックライトの寿命だろう。だましだまし使って、確定申告を終了させた後に修理に出す予定であったが、今日、このブログの記事を作成中に、ぷっつりと画面が消えてしまい、大変忌々しい思いをした。書きかけの記事を救出したかったが、残念ながらそれも叶わず。.....ショック。
 パソコンはいつか壊れる。分かっちゃいるが、いざ壊れてみると非常に厄介だ。デスクトップの方は自作故に、故障しても何とか対処は出来る。ところがメーカー製ノートの場合、故障箇所が判明したところで、修理センターへ出すしか対処法がない。おそらく一週間は待たされるだろう。これが痛い。
 PC は便利だが、いつも快適に使うには、普段から小まめにメンテナンスしないと、だんだん不具合が蓄積してしまうものだ。常にハードやソフトの最新情報を仕入れておく必要もある。つまり、便利に使う人間ほど、受ける恩恵以上に、PC に手をかけている(というか手を焼いている?)ものだ。そして、ヘビーユーザーほど故障時の物理的・金銭的ダメージよりも、精神的ダメージの方が大きい。壊れる度、俺は思うのだ。

「パソコンなんて無い方が幸せだったりしてな.......。」

 逆説的に言えば、PC が厄介な存在であるからこそ、俺のように PC で金を稼ぐことも可能なわけでもある。分かっちゃいるが、何処か腑に落ちない、納得できない自分がいる。PC ってホントに便利なのだろうか?

 便利なのか?といえば、携帯電話もそうだなぁ。ちょっと前まで存在すらしていなかったこのデバイス。今や誰もが持っている。昔の小説やテレビドラマが色あせて見えるのは、この通信機器が存在していないからで、

「そんなこと電話かけりゃ、済むことだろうが!」

...って、つい思ってしまうシーンも多い。ケータイなんて昔は無かったんだよなぁ。全く感慨深いよ。

 なんだか何者かに便利にさせられた分だけ、何者かに振り回されている気がする。

 嗚呼、今日はつまらない記事しか書けない。それだけ落ち込んでいる俺であった。

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2005/03/02

切ないぜ!

 嫁はクジ運が良いのか、かなりの確率で映画の試写会に当選する。そのお陰で昨日もジム・キャリー主演の「エターナル・サンシャイン(原題:Eternal Sunshine of the Spotless Mind)」を観てきた。とても素晴らしい、とても切ない映画であった。観た人によっては難解な映画だと思ってしまうようで、映画終了直後、そんな感想も周りからチラホラ聞かれた。何を隠そう、嫁もその一人であった。俺などはとても感動してしまい、だれかとこの作品について話しを交わしたいところであったが、この手の映画を嫁は不得手にしており、ちょっとトリックがあるともうついて行けない。毎回残念に思うが...。  あまり詳しく解説するとネタバレになってしまうので気を付けながら行こう。あらすじは本サイトで確認して欲しい。  この映画の主人公、男女二人は極端な人間だ。男は慎重派といえば聞こえはいいが優柔不断で嫉妬深く、女は直情型で感覚派。両者とも度が過ぎるものだから、やがて破局を迎えてしまう。それでも二人は惹かれ合っている。その、何を拠り所にしているのか分らない、不確かな感情は何なのか? そしてそれこそと尊いものだと、この映画は主張する。  映画は全編、虚実入り乱れて進行し、主人公の記憶の中と現実が混ざり合い、確固たる拠り所は無くなって行く。唯一、確かだと信じられることは、不確かである“愛の記憶”だけなのだ。  この映画はハッピーエンドで終わるという解説もあるが、そう単純な物ではない。それが現実なのか、主人公の夢(妄想)なのか定かではないからだ。しかし、“お互いに惹かれ合う感情”、“お互いを愛する気持ち”、それらが不確かである以上、仮に夢だとしても、それは尊いことであり、現実だとしても、それは儚くも切ないものなのだ。

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2005/03/01

パニック!その2の4

 覚悟してしまえば、どんな状況でも人は落ち着いていられるものだ。

---前回からのつづき---
 男は右手に凶器を提げたままゆっくりと近づいてくる。退路はない。状況は甚だ絶望的であり、楽観的要素は何もない。ところが、そういう状況が逆に俺を開き直させた。意外と冷静に考えられる。とにかく「ナタ」が振り回されれば終わりだ。最低でも大怪我は免れまい。しかし振り回さなければ長物の凶器はただの棒っきれでしかない。まだ男は攻撃態勢に入っていない。
 奥の座敷にいた俺は、男を刺激しないよう、まるで落ちた鉛筆でも拾うかのように、男のことなどまるで気が付いていないとでもいうがごとく、自然に間合いを詰めることにした。もう覚悟は出来ている。凶器を振り回す前に飛びつき、首根っこを押さえ、足を払いつつ男の頭をテーブルもしくはカウンターに叩き付けるのだ。それを行動に移すのみ。
 俺はゆっくりと座敷から降り、次の瞬間、男に飛びかかるはずであった。が、ここで致命的な失敗をする。今まさに降り立とうとする床は、厨房から続く通り道でもあり、普段から非常に汚れている。そこに素足で降りるわけにも行かないので、俺はいつもの習慣通りに靴を履こうと、まごついてしまったのだ。

(何をやっているんだ俺は! 今にも死ぬかという時に、靴下ごときの汚れを気にするとは! 自分を冷静だと思っていたのはどうも勘違いだったようだ。)

それは一秒にも満たない時間ロスであったが、男がナタを振り上げることに気が付くには充分過ぎた。

 男はナタを頭上に振り上げようとしている。
 俺は今にも飛びかかろうとしている。

---つづく---

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