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2005/05/20

5月20日のマイマイ君

 マイマイ君登場!

 前回と違って、殻に閉じこもらず、元気に活動していたマイマイ君であった。
 かたつむりというと、動作ののろい生き物だと思われがちだが、こちらが思っているほど遅くもない。「お! 今がチャンス!」と思い、携帯電話のカメラを起動しているうちに、マイマイ君はベストポジションから外れてしまう。やんちゃ坊主め!
今回は起きてたよ。

 拡大図↓
更に成長したマイマイ君。
ツノだかヤリだかを、いつもより長~く出してます。(by お染めブラザーズ)

 最後におまけ。オン・ザ・嫁の手↓
嫁曰く、「私も写せ。」........ハイそうですか。

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2005/05/19

ジンギスハーン襲来!(北海道あれこれ外伝)

 狂牛病問題で不安を感じる消費者や、実際の輸入規制もあって、牛肉がちょっと嫌われ気味な昨今。それに代わって消費が伸びているのが羊のお肉なのであ~る。東京あたりじゃ軒並みジンギスカンのお店が開店しているとの事。なんでも  TV の健康番組で羊肉がヘルシーだと紹介されたのがキッカケらしいが、理由はそれだけじゃない。チルト冷蔵など、肉の風味を壊さない輸送法が開発されたことも手伝って、羊肉(ラム)の旨さに皆が気づき始めたのだ。

 北海道は、帯広に、“みどり食堂”というジンギスカンしかやってない、さほど大きくもない店がある。7~8年前、現地で仕事が終わった際に、夕食に連れて行ってもらった場所がそこだった。以前食べた記憶が定かでないほど久しぶりのジンギスカン。たいして良い印象も残っていなかったが、この“みどり食堂”の肉を一口食べて印象が一変した。これほどラムが旨いとは思わなかった。懸念していた臭みなど微塵もない。1cm 以上も厚みのあるラム肉は、ミディアム・レアで食うのが正しいらしく、焼きすぎると店のオバチャンが見てられないとばかりに、テーブルまでやって来てくれて優しく焼き方をレクチャーしてくれる。が、更に信じられないのが、その相当旨い肉の味を上まわらんかとする、肉の付けダレだ。味は味噌と醤油の二種類があるのだが、どちらも絶品。それを舌で分析しようとしたが、サッパリお手上げ。完璧なバランスが、味の複雑さを感じさせない。通常ジンギスカンのタレには、甘みにリンゴなどの果物を使う。しかし、使えばわかるはずだが、“みどり食堂”のは本当にわからなかった。あの上品な甘みはどうやって出しているのか? もう太刀打ちできない旨さであった。(今思えば白ワインかな? とも思うが。)
 おすすめは味噌味かな。ジンギスカン特有の鍋ではなく、平たい鉄板で半分煮込むように焼くのが珍しいし、ガツガツ食べられる。

 帯広に行ったら、駅でタクシーに乗り、「みどり食堂」といえば間違いない。一度行ってみよう。北の大地にジンギスカンの極北がある。

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2005/05/18

拗ねてるわけにも行くまい!

「ネタが無ぇんだよう! って、........あぁ........どうすんべ?」

 唐突にスランプに陥った俺であった。最近はロクに更新もしてないのに、それでもアクセス・カウンターは順調に伸びている。

「申し訳無ぇっ!」

 拗ねてる場合じゃねぇぞ。

「書かなければっ! 書きなさいっ! 書くのだっ! 書けっ! 書こうっ!」

........などと自分を奮い立たせてみる。

「でもネタが無ぇんだようっ!(涙)」

どうすんべ?........といえば、What'll I do(どうしたらいいの?)という、ジャズの名曲を思い出す。とうとう音楽ネタに手をつけるとするか?! 毎日アルバムを取り上げても、ゆうに三年は話が続くだけのコレクションはある。........いや、つまらんな、というか今の俺にはきっとおもしろく書けない。........どうしてしまったんだ俺は?!

 とりあえず(←大嫌いな言葉をあえて使う。)、最近買った CD ラックの写真でも載せておこう。
収容枚数 1600 枚との噂。
それまで CD は、本棚や段ボール箱に散在していて正確な数を把握していなかった。また、貴重な床資源、押し入れ資源を部分的に圧迫していたため、嫁が引っ越し当初から不満をあらわにしていたものの、片付け嫌いの俺の妨害もあり、四年目にしてやっと購入の運びとなった。写真では所々隙間が空いているが、まだ全部収容したわけではない。1600 枚収容可能との事で、おそらく足りると思って購入したのだが、自分で思ってたよりコレクションは増幅していたようで、この分ではギリギリで収まるか収まらないかといったところだろう。「絶対この棚で足りる!」と、啖呵を切って買ったのに、足りなくなろうものなら嫁に何を言われるかわからん。

(足りますように。)

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2005/05/16

無念!

もうなにもかけません。ゆるしてください。る~く

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2005/05/12

結果オーライ!の2

 高校受験の際、担任の聞き違いで希望外の電子科を受験する事になった俺であったが。

 前回からの続き。
 デザイン科と電子科といったら全然違うわけで、今思えば良くもまぁその間違いを受け入れたものだと思う。物わかりの良い奴だったに違いない。
 さて、間抜けな事に高校受験当日に気がついた事がある。試験会場は科ごとに分かれており、俺は電子科の会場に入ったときに自分の不覚さに呆れ目眩がした。

(男ばっかりじゃん!)........(@_@)

 だいたい共学とはいえ、工業高校なんてものに受験する女の子は相当珍しい(当時)。女子が一人もいないところも珍しくなく、ひょっとしたら学校によっては、十分な受け入れ態勢も出来ていないかもしれない。ところが、デザイン科を併設しているところは話は別で、デザイン科に女子が多いため、その他の科にもちらほら女の子がいたりする。俺の受験した高校は格別多かった。(ま、多いと言っても各科に1~2名なんだが。)
 俺がデザイン科を希望していた理由は、もちろんその方面に興味があったのも事実だが、男女比率が半々であり、きっと“健全な”高校生活を送れるであろうと目論んでいたからだ。しかし、あてが外れたというか電子科を受験する羽目になっても、受験当日まで女子が少ない科だという事をすっかり忘れていた。

(なんてことだよ、このむさ苦しい空気。合格したところで地獄と一緒だなこれじゃ。女の子は、と........あ一人........二人ってとこか。少ねぇなぁもう、でも割と可愛いじゃないの、たのむから受験に失敗しないでくれよ。)

 これからすぐに試験だというのに相当落ち込んだ俺であった。やっぱりゴネ倒してデザイン科にすれば良かったかも。

---つづく---

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2005/05/10

俺を選ぶな!

 よく道を尋ねられるのだよ俺は。
 俺一人だけが、ぽつねんと立っているなら話もわかる。ところが、周りに人もたくさんいるのだし、そもそも彼や彼女らの方が遙かに身なりもサッパリしている。何故、小汚い格好を常としている俺をわざわざ選ぶかな。
 道を尋ねてくる人たちに、どのような特徴があるかというと、無い。大げさではなく人種も様々で、老若男女を問わないどころか、外国人からもよく声をかけられる。不思議な話だよ。ところが彼らの不幸なところは、俺が地理に全く詳しくない男である事を知らない事だ。俺は有名なランドマークさえよく知らない。そういうことに興味がないからだ。だもんだから、ひとたび道を尋ねられると、俺も一緒に場所を探す羽目になって正直厄介。かといって無下にもできんしな。

 駅のホームで二人組のブラザー(黒人)が声をかけてきた。

「あたーみ、あたーみ!」

そう言いながら、自分の足下を指さしている。どうやら「熱海に行くにはこのホームで良いのか?」と聞いているようだ。すぐそばに駅員がいるにもかかわらず、何故俺に聞くのか疑問だし、そもそも黒人が二人で温泉街に何の用があるのか興味深いところだが、さておき、方向としてはこのホームで合っているはず。俺は、「あぁ、ここで待ってれば熱海に行くぜ!」と、英語で応えた。具体的にはこうだ。

「OK!」

英語なんてちょろいもんだぜ。ところが、そう言ったものの、そのブラザーが立っているところは指定席の車両が停まる場所だ。英語で指定席とは何と言えばいいのだ? そう思って隣のホームの列車を見ると、車両表示に“指定席”とあるその下に英語表記で“Reserved”と書かれてあった。へぇ、なるほどね。

「しょうみぃちけっと(切符見せてみ)。じすぷれいす(この場所は)、りざーぶしーと(指定席だよ)。」

と、親切心で声をかけてみたらば、ビックリするくらい話が通じたようで、ブラザー二人は満面の笑みを浮かべ俺に切符を見せてくれた。白い歯がまぶしい。ふむ、見たところ通常の切符だ。ひょっとして指定券を別に持っているのかもしれない。

「りざーぶちけっと(指定券)ゆうはーぶ?(あんた持ってるかい?)」

そう聞いた途端、エライ早口の英語でまくし立てられてしまい、何がなんだかわからない。仕方がないのでボディー・ランゲージで、何言ってるかさっぱりわからんという態度を思い切り表し、再度質問する。

「ゆうはーぶ?(指定券はあんのかい?)、いえすおあのー?(ハイかイイエで答えてよ)」

次にブラザーが発した言葉で「NO!」と言ってるところだけ良くわかったので、普通席の場所まで腕を引いて案内してやった。すると彼らは言葉と態度で感謝の意を表してくれたようだが、言葉の方は相変わらず早口で良くわからなかったな。

 異文化交流も悪くないが、電車の事は駅員に聞いてくれよブラザー。

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2005/05/09

心機一転!

 先日、実家の引っ越しが完了した。だらだらと、二ヶ月以上もかけ、ようやく終わった。移転先は、元いた場所からそう離れたところではないのだが、両親にしてみればこちらに根付いてから、ほとんど初めての引っ越しだ。結婚した二人がそこで一から生活を築き、苦楽を共にして二人の子供を育て上げた四十年。その間、木造の平屋に住み続けていたわけであった。両親にとって、おそらくこの引っ越しには特別な意味があったのだろうと思う。
 家というものは不思議なもので、人の気配がなくなると途端に寂(さび)れてしまう。部屋から荷物が減って行くたびに、どんどん古びていった柱、壁、床。その痛々しいことよ。全て運び出された時、慣れ親しんだ家は、廃墟となった。

 両親にとって、人生の 1 ページが確実に閉じられた。新たなページも開かれた。

 俺は俺で、最後に無人の家に立ち寄り、子供の頃に貼り付けたシールを写真に納めてきた。懐かしさがこみ上げる。

トイレの取っ手付近に貼られたクワガタシール。↓
トイレの取っ手付近に貼られたクワガタシール。
柱の最上部に貼られたウルトラマン・エース対怪獣のシール。↓
柱の最上部に貼られたウルトラマン・エース対怪獣のシール。

 何れも三十年以上前の年季の入ったものだ。写真を撮った後、「お世話になりました。」と、一礼して部屋を後にした。

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2005/05/08

5月8日のマイマイ君

 今日あたり、マイマイ君の餌の交換時期だと思い、餌のキャベツを購入。ついでに夕飯をお好み焼きにした。(お好み焼きにはたくさんキャベツを使うのよね。)

 さておき、久しぶりのご対面。マイマイ君、お元気ですかぁ~。
たくさんウンチをしましたね。
........またもや冬眠状態。目を覚まさせてやろうと、水を与えて待つこと 9 分。今日はずいぶん待たされたので、ちょっとヒヤヒヤしたよ。それにしてもずいぶんウンチ(卵の殻の黒いつぶつぶ。)をしたようです。うむ、それだけ活動しているということなのね、安心安心。

 今日はマイマイ君のアップで締めよう。
凛々しいお姿
 最近は殻にも厚みを感じるようになってきた。しかし、もうすぐ梅雨が来るなぁ。この大きさでは自然に帰すのも不安だが、やはり当初の予定通りとするべきか否か、........悩みどころだな。

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2005/05/07

「便利になった」ことにしてやる! の2

 普段、仕事はデスクトップのパソコン(以下“PC”)でこなしている。自宅二階の一室が仕事部屋で、仕事はそこでしかしない。ネット検索や趣味的な PC 利用も以前はそこで行っていたが、それでは家庭内別居状態になってしまう。さすがにイカンと思い、半年くらい前から一階の居間にノート・PC(以下“ノート”)を下ろして、プライベート利用に使うことにした。テーブルの上に 16 インチ型のフルスペック・ノートを置きっぱなしにしているので、嫁はあまりいい顔をしない。人の気も知らないでさ。

 だいぶ前からノートのハードディスク(以下“HDD”)に空きが無くなってきていた。使い続けていればいつかはそうなるのが PC の常なのである。最近は、なけなしの空き容量をやりくりすること数ヶ月。不毛な戦いに疲れ、ここは思い切ってハードディスクを容量の大きなものに載せ替えることにした。
 HDD の換装自体は簡単な作業だが、PC というものは使える状態にするまでが大変だ。今まで使っていた環境を素直に引き継ぐなら、専用ソフトを使って丸ごとバックアップすることもできる。できればそうしたかったが、やや不具合の兆候が見られたため、やむを得ず断念。ここはあえて茨の道を選ぼう。
 まずは念のため、新しい HDD のチェックを行う。これだけで小一時間、新しいOS のインストールと PC のパッチを当てるだけで、ゆうに数時間かかった。さらに必要なソフトを追加すること延々半日。この間、必要に迫られ再起動も数え切れないくらい行われた。途中でデフラグという、HDD のデータ整理をはさみ、旧データを移行してほぼ終了。

 疲れ果てました。

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2005/05/04

自家用ジェットコースター その2

 前回から随分と間が開いてしまったが、オートバイの話しの続き。

 大きな羊と書いて美しいという文字になるのだね、と、小学校の時に担任の代わりに臨時で授業を受け持った教頭先生だったかが教えてくれた。ただ大きいだけで美しいこともあるのだな、と、当時の俺は思ったものだ。
 大きなバイクも、ただそれだけで素晴らしい。アクセルを開けるのがあれほど面白い乗り物も珍しいだろう。300kg 前後の車体に、軽自動車の倍の排気量のエンジンが搭載されている。走行中に車を追い越すなど、ちょいとアクセルをひねるだけで済むことだ。信号で停車して、次の信号までに時速 100km 出すことも造作もないから、スピード感覚も麻痺するというか、とりあえずメーターを見る習慣はなくなる。

 画塾の日は、大急ぎで帰らないとバイトに間に合わなかった。だから週に二回ほど、一般道を飛ばしながら帰路に就くことになる。そんなことが続いたある日、気が付かずにパトカーを追い抜いてしまった俺は、毎回引っかかる信号で停車中にスピード違反で捕まってしまった。パトカーがサイレンを鳴らして追いかけてくるならまだしも、こっそり追尾してくるとは、この卑怯者め! さぁ発信だという直前に、横からエンジン・キーを引き抜かれてしまったので、素直にお縄を頂戴するしかない。実は数ヶ月前にも全く同じ場所で、同じように捕まっている。一度捕まった後なのでかなり用心していたつもりなのだが、迂闊であった。

(やば! 前回免停食らったばかりだから、今度は免許取り消しになるかも?!)

メーター読みで 160km/h は出ていたはずだ。まともに計測されていたら間違いなく免許は無くなる。折角苦労して限定解除(注)したのに、なんてことだ。
 パトカーに連れ込まれ、警官に尋問される

「一体何キロ出してたんだ?」
「.......。」(ここはトボけるしかない。)
「39 キロオーバーだ、それ以上は振り切られて計測出来なかったぞ。なんで信号で止ってた? もう逃げられたと思っていたのに。」
(気付かなかったんだっちゅうの。パトカーの存在に気が付いていたら、横道に入って逃げているよ。)

 しかしラッキーだった。40km/h 以上なら、免許取り消し(当時)だが、未満なら累積で 14 点。首の皮一枚で繋がった。しかし、軽微な違反ではないので、ありがたいことに赤キップを頂戴した。つまり、反則行為ではなく、ハッキリとした罰として、その瞬間から俺は前科一犯となってしまったのだった。指紋は手の十本指全部採られた。しかも指の腹だけではなく、脇の方からねし付けるように。

 チクショウー! 悪い事したらすぐに足が付いちまうぜ!

※注)限定解除:免許の表に「自動二輪車は中型に限る」などと、限定された免許の限定項目を解除することをいう。一般的には自動二輪車の大型免許を指すことが多い。

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2005/05/02

小びとさんがいた!

 今パソコン関係の仕事をしているのは、高校が電子科だった、というわけでもないところが、この俺のよく分らないところ。実は高校以来、パソコンに再び触れることになったのは、俺が看板屋で働くことになったのがキッカケだ。看板屋というとペンキで文字を書くのが仕事のようで、俺もてっきりそういうことが出来るのかと期待して入社したわけなのであるが、実は最近の看板屋は、あまり文字を書かなくなった。カッティング・シート(以下“CS”)といって、大きなシート状のシール(様々な色がある)を文字の形に切って、看板やシャッターなどに貼り付けるのが主流なのだ。この CS、材料費こそペンキより多少高い程度だが、ペンキと違って乾くまで次の作業を待つ必要もなく、同じものを量産する場合など比較にならぬほど効率がよい。しかも、美しい文字を書く技術もいらないので、瞬く間に看板業界に普及した。ご多分に漏れず、俺の勤めていた会社にもそのシステムが導入された。会社と言っても、実質、社長と俺だけの小さな会社なので、そのパソコンを使った CS のシステムは専ら俺の担当と言うことになる。具体的な作業はパソコンに向かって図面を引き、カッター・プロッターという、シートを切る装置に出力するだけだ。パソコン上で図面を引くところは、簡易的な CAD みたいなものといえる。

 ある日、毎度厳しい仕事を持ち込んでくるクライアントから、小さなフローチャートの図面を、CS で出来ないかと相談を受けた。原稿を見てみると、使う色も多くて、しかも細かい。条件としては二つとも CS にはまるで向いていない。シートは単色なので、使う色毎にシートを切らなければならず、あまり細かい文字も技術的に難しいのだ。現在であれば、大判のプリンターでフルカラー印刷することも出来るが、当時は発色も悪く、コスト面でもクライアントの要望を満たせなかった。そのクライアントの困り果てた様子を見て、直感的に出来そうだと請け負ってしまったのがそもそもの間違い。結果的に相手を満足させる品物が出来てしまったので、似たような仕事が度々舞い込むようになった。出来るとなると、注文にも容赦が無くなる。最終的には  1m × 2m のアルミボードに、気が狂うほどの細かい図面を起すはめになった。一枚につき三日、寝ずにやって二日の作業量といったところか。.......それが 5 枚、納期は一週間で厳守だ。逆立ちしたって出来っこない。もちろん、出来ない仕事は引き受けられない。クライアント(女性)は土下座する勢いで俺に懇願したが、本当に出来ないのだ。俺だって出来れば協力したいが、プロとして断った。彼女は、話だけでも聞いてくれと、発注元の会社に俺を強引に連れて行って、担当者に引き合わす。俺は自分に出来ることを素直に説明し、ご希望の納期では奇跡でも起きない限り、品物を仕上げることは出来ないと、担当者に謝った。意外なことに担当者は食い下がることもなく、あっさりと「なるほどご事情はよく分りました。お忙しいところご苦労様でした。」というだけだった。予め彼女から、その担当者が今回の発注不手際で処分されてしまうかも、という話しを聞いていたので、正直なところ拍子抜けだった。おそらく、既に彼女と何度も話し合いが行われ、事情は重々承知といったところなのだろう。こんな時、無理強いされないのは逆に辛い。「とにかくやれ!」とでも言われれば、「できねぇんだよ!」と勢いで言い返せるのに.......。
「まいったな。」と、バーコード頭の担当者が、苦笑いしながらうつむき加減で後頭部をかいた時に、俺の腹は据わった。「分りました、お引き受けいたします。」(煮るなり焼くなり好きにしろ!)

 後から思えば、彼女の策略にはまったのが分る。(女は怖いな。)しかし、当時の俺はかなりのプレッシャーを背負っており、そんなことに想いをはせる余裕もない。仕事場に戻って早速作業に取りかかる。徹夜して一枚目を仕上げたが、案の定、丸二日かかった。あと五日で四枚。体は既にボロボロであるのに、これから先寝る間もないのだ、やれやれ。
 二枚目の作業の途中で、一つの工程が非常に面倒に思えてきた。もうこんな仕事したくない。そう思ってよくよく考えると、この工程はコストを削減するために必要なのであって、作業効率を考えると、むしろ別の方法が望ましいことに気付く。予想通り、方法を修正しただけで、随分と時間が節約出来た。それは体に対する負担が減ることにも繋がる。そういう視点で作業を見直すと、まだまだスピード優先に出来る作業工程があることに気付く。こうして俺の作業は日々バージョン・アップしていった。そのうちのいくつかは、ちょっとしたブレイク・スルー(技術革新)とでも言えるもので、なんとか納期に間に合いそうな予測もたってきた。ただしそれは、体力が持てばの話し。

 ここ一週間というもの、家に帰るどころか風呂に入るどころか横になって寝たこともない。限界が来たと思ったら、三十分ほど仮眠をとる。それで当初は五、六時間は動けるようになったが、納期前日には相当くたびれてしまい、二時間位しかもたない。いっそのことしっかり寝てしまえばいいものを、怖くてそれが出来ない。
「この仕事が終わったら、誰にはばかることもなく雄たけびをあげてやる!」
どうしてそう思ったか分からないが、その時一番したかったことがそれだった。

 深夜十二時を回り、納期当日となった。二時か三時に差し掛かった頃、猛烈な眠気に襲われる。あと数時間後には納品しなければならない。俺は最後の仮眠をとることにした。
 .......チュンチュンとスズメの鳴き声がする。作業場の窓から明るい日の光が差し込んでいる。朝だ。朝か.......俺は飛び起きた!

「朝ぁっっっ?!」
(なんということだ、寝過ごしてしまったのだ。)

(間に合わない、ここに来て間に合わないのだ。.......ここまで来たのに。)

 絶望の眼差しで作業中のボードを見る。作業中の.......、作業途中であるはずの.......ボードは完成していた。呆気にとられる。自分の目を疑う。だがしかし、信じられないことに品物が完成していたのだ。半ば腰が抜けて、作業椅子にへたり込む。安堵で涙が込み上げてきた。俺はさめざめと泣いた。

 これまでの人生で、仕事で涙を流したのはそれが最初だ。最後にしたい。

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