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2007/05/29

しゃべれども しゃべれども!

 4 月の頭に普段使用しているノート・パソコンが壊れちゃったのである。正確な故障状況を説明することは、読む方もつまらなければ書く方も面白くないというか腹立たしいので........書かねぇっ!。
 で、パソコンの環境を再構築するための苦行の二日間のことなど、単なる恨み節でしかないのでこれも書かないのであるが、じゃぁ何を書きたいのかというと、このブログを更新するためのパスワード、こいつが壊れたハード・ディスクと共に消えてしまったのだよ~んってことだったりするわけです。つまり、ブログを更新することが出来なかった言い訳を、今ここでしておこうと思った次第です。

 そして本題。
 一月以上もブログを放ったらかしにしておくと、書きたいことも多少出てくるわけで、そのうちの一つが、“しゃべれども しゃべれども”という邦画の話題なのでございます。ここ数年、面白い邦画が多くて大変喜ばしいのでありますが、その中でもイチ押し! 実に清々しく気持ちの良い映画でした。
 主人公は国分太一君が演ずる三つ葉(みつば)という名の落語家。映画の内容は、彼と彼を取り巻く人々の直向きな物語.......。芸の壁に当たってウダツの上がらない主人公の元へ、話すことが不得手な(自分の気持ちを上手く表現できない)人々が集まり、仕方なく話し方教室を開く事になりまして、悲喜こもごもそれぞれが成長して行くというお話です。正直ね、太一君に落語家の役は無理なのでは? と、思っていたのですよ。案の定、映画前半の落語の演技では、何処かギコチなさが抜けなくて、

(良いセン行ってるけど、所詮は本職じゃないし、ここは甘めに見過ごしてやるか。でないと、せっかくの良い映画が台無しになってしまうからね。)

な~んて、失礼ながらも、ちょいと高を括って観ておったわけです。ところが後半、今まで何かを掴めていなかった主人公が、師匠(伊東四朗)の十八番“火焔太鼓”を見事に演じきるシーンでは、きちんと一皮むけた“落語家”として堂々としたものを魅せてくれちゃったわけですよ。いや、感動しました。太一君すげぇ! 前半のあの微妙なぎこちなさが、本当に演技だったとは!!!

 共演者も良かったですね。伊東四朗や八千草薫は言うまでもなく、子役の森永君は枝雀師匠の生まれ変わりかと思うほどの名演だし、ヒロインの五月(さつき)役の香里奈さんも張り詰めた脆さを良く表現していました。ただ残念なのは、松重豊さんが無骨な元野球選手の役を堅実に好演していたにもかかわらず、今ひとつスポットが当たっていなかったことでしょうか。面白く広げられるエピソードを持ったキャラクターでしたので、ちょっとだけ消化不良に感じました。

 この映画で一番感慨深かった台詞は、劇中劇である“火焔太鼓”に出てくる道具屋のおかみさんの一言。商売下手の夫に対し、

「あんたって人は、売らなきゃならないものを売らないで、売っちゃならないものを売っちまう。」(←正確な記憶ではありませんが、こんな台詞。)

と、まくし立てるのですが、これが映画のテーマでもあるわけです。要するに、“しゃべれども~”に引っかけますと、

「人は、言わなければならないことを言わずに、言ってはならないことを言ってしまいがち。」

だから、

「素直になると、ちょっと良いことあるかもよ。」

というエンディングで、この映画は締めくくります。まぁ、世の中そんなに単純でもないのでしょうが、それは真理故に清々しいのですよ。

 自分にとってこの映画、大好きな“スミス都へ行く”に匹敵する作品です。こういう清涼感のある映画って随分と無かったような気がします。おすすめしますよ!

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