2005/04/25

なまってもいいべっ!

 最近、学生を中心とした女の子達に方言が流行しているらしい。言葉の音感が豊かで、表現力も増すのが魅力的なんですと。やるじゃん! 女の子たち! (ちなみに語尾に“じゃん”と付けるのも方言なのね。)
 この情報は、朝のニュース番組で知りえたのだが、キャスターなどはあまりいい顔をしていなかった。理由は、地方出身者の自分とすれば、バカにされているように感じるから、とのこと。それはあまりにも狭量だろう。彼女たちは、なまりを見下して使っているのではない。豊かな表現を身に付けること、それを用いてコミュニケートすることに、新鮮な喜びを見い出しているのだ。なぜそれを手放しで喜ばんのか。

 20年以上前、最初の漫才ブームが起こった。この功績は、関西弁を全国的に広めたことだと思う。それまでは、関西圏以外で関西弁をまくし立てられても、ほとんど理解できなかったのが実情だったろう。いまや市民権を得たどころか、関西弁をどんな状況で耳にしても違和感すら沸かない。素晴らしい事だと思う。そういうコンセンサスがあってなお、以前、アルバイト先で知り合った関西出身の友人は、「俺はこっち(関東)に来たからって、言葉を変えるつもりはない。関西弁を使い続ける。君たちも“にわか”で関西弁を使わないでくれ、不愉快だ。」という内容を、関西弁で俺に訴えた。その気持ちを受け取った俺は、どこか悲壮感が垣間見えて残念な気持ちになったっけ。
 方言に対するちょっとした差別や、地方出身者自身のコンプレックスは、今も無くなっていない。

 そもそも標準語とは何なのだ。イタリアでは、アナウンサーは自分の出身地区の方言でニュースを読み上げるのが普通なのだそうだ。日本ではなぜそれが許されないのか不思議だね。それが実現しただけで、どれだけ放送が豊かになることか。

 青森出身の芸能人が、津軽弁にはフランス語にも通じる語感の美しさがある、という。確かに彼が標準語を津軽弁に“翻訳”した文章は、それだけで詩的であったし、標準語より言葉の音節も少なく、音的であるので、非常にメロディーに乗せやすい。彼の津軽弁で作ったロックは、ちょちょいと作った割には非常に完成度が高かった。もう一度聴きたい。余談だが、津軽弁は合理的なのだそうだ。例えば、

「こんばんは。どちらへ行かれるのですか?」
「ああ、こんばんは。これから銭湯に行くところです。」

これを津軽弁にすると、

「どこさ?」
「フロさ。」

これで済むとのこと。なんでも、津軽は寒いところだから、外で長時間会話しなくて済むように進化したのだと、前出の芸能人は言う。多少の脚色はあったにしても、凄く面白いね。

 さて、冒頭の女の子たちに話を戻す。
 女の子たちが方言を覚える情報源は様々だが、中でも興味深かったのは、おばあちゃんからというもの。お母さんではないのだ。お母さん世代は方言の使用にコンプレックスが残っていて、「田舎者だと思われたくない。」という意識が強い。普段なるべく標準語に近い言葉を使うものだから、方言の語彙が少ないのだそうだ。そういう事情もあって自然とおばあちゃんとの接点も増えてゆく。きっと言葉以外にも勉強になることが多いのであろうな。全く素晴らしいことだよ。
 女の子たちには、地方に在住することのコンプレックスなどない。むしろ地元を愛しているのだそうだ。俺はちょっとグッときたね。

 でさ、何で始まりはいつも女の子からなんだろうね。流行の起点や発端はいつも女の子たちから沸き起こる。男の子の存在って、現象としてちっとも見えてこないのな、いつの時代も。

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