2011/07/19

勝つべくして勝つ!

 なでしこ JAPAN、ワールドカップ優勝おめでとう!

 いやぁ感動した! オリンピックで女子ソフトが優勝したとき以来の喜びだ。試合展開は、こちらにしてみてはハラハラドキドキで心臓に悪かったこともあり、PK 戦で勝利が決まったときはもう涙が出て仕方がなかった。が、しか~し! 当の彼女たちは一人も涙を流しておらず、もう全員が清々しいまでの笑顔。格好良すぎるぜ! 全く!

 フィジカル面ではやはり歴然とした差があったのは事実。他国では通用していた日本の華麗なパス回しも、当のアメリカには何度も阻まれたりして、決して楽な試合展開ではなかったどころか、振り返れば負けなかったことが不思議にさえ思える。一体勝因はなんだったのかと俺なりに分析すれば、なでしこ達の自信に満ちた立ち姿からうかがえる、「信じて、決してあきらめない」という強いメンタルだと思う。もうね、世界の器ですよ。まさに勝つべくして勝ったのだと思う。

 印象に残った言葉を二つ。

 澤選手がチームメイトに言ったという言葉。「不安に思ったらわたしの背中を見なさい。」

 なでしこ優勝に対するキング・カズの言葉。「一番大事なものを教わった。勉強になりました。」

 ..........もう、さすがとしかコメントできません。 

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2007/09/13

プロレスなんて大嫌い!

 小学生の頃だか中学生の頃だったか、宇宙戦艦ヤマトというアニメを見ながら夕食をとっていたところ、
「船が空を飛ぶか! 馬鹿馬鹿しい!」
との、オヤジの一言でチャンネルを変えられた。その時の気分は今で言うところの“マジムカツク”であったろう。でもね、そもそもオヤジの好きな時代劇だって不自然きわまりないわけで、登場人物の髪型はどいつもこいつも整いすぎているし、夜のシーンは行燈一つで室内が煌々と照らし出されて眩しいくらいだ。そういうところにケチを付けだしたら物語として成立しない。つまり、船が空を飛ぼうが、そこは
「そういうもんだ。」
という事にしなければならない。昔から言うところの暗黙の了解、つまり“お約束”である。

 時は流れて。

 何処で観たのかさえ覚えていないが、何気なくテレビをつけたらプロレスを中継していた。全く興味が無かったものの、歓声と共に花道に登場したのは、なんとあのジャイアント馬場氏であった。かつて双璧をなしていた一方のアントニオ猪木の方はといえば、ずっと以前に引退していた記憶もあって、ちょいと衝撃を受けてしまった。
(まだやってたのかこの人!)
多少興味が湧き、チャンネルをそのままに中継を眺めることにした。案の定といっては失礼だが、滑稽であった。ピークなんぞとうに過ぎた馬場氏の体は、格闘家どころかただの老人にしか見えない。でかい図体がまた悲壮感に拍車をかけていた。しかもよりによって対戦相手は屈強の中堅レスラーである。
(でもどうせ馬場が勝つことになるのであろうな。これだからプロレスは嫌いだよ。)

 ゴングが鳴って試合という名の茶番が始まった。まずはお互いに技の応酬なのかと思ったら、馬場の動きはこちらの予想をより下回り、悲惨なまでに鈍かった。とりあえず一方的にチョップを相手に見舞うのだが、そんな攻撃、本当に効いているのか疑わしいほど技にキレがない。それでも相手はやがて膝を落とし、なされるがままに打たれ続けているのだから笑える。あれ? 良く見るとチョップを連打する馬場の方が、息が上がっているではないか。
(おいおい大丈夫か?)
やがて息も絶え絶えに対戦相手を立たせると、渾身の力でロープに振る。お次は伝家宝刀の十六文キックであろう。ところが。
 相手がロープの反発を受け、勢いよく跳ね返ろうとした時、なんとまだ馬場の足は上がりきっていなかった。それを察知した相手は気まずく目を伏せ、まるで時間が止まったようにロープ際で固まっている。一方馬場は必死になって片足を上げようにも、体が全く言うことを聞かない。馬場はやむを得ず両手で太ももを抱えるように持ち上げる。自慢の十六文は力なく前方に漂う。それを横目でぬかりなく確認した相手は、解き放たれたように馬場の突き出されたつま先に吸い込まれて行った。そして自らキックを受けた相手は、何処にそれだけの衝撃力があったのかと思うほど派手にマットに沈んだ。大歓声。更に攻撃は続く.......。
(ああ、思えば無邪気にプロレスを観戦していたこともあったな。馬場や猪木の戦いを固唾を飲んで見守っていた幼き日。馬場の繰り出す脳天唐竹割で、相手選手の頭が割れるのではないかと本気で心配したっけ。必死の形相で攻撃する馬場の姿は、今も昔もそう大して変わってないのかもな.......。)
 いつの間にか、テレビの歓声は割れんばかりのものとなっていた。既に馬場の疲労は尋常ではないと傍目からでも分かるほどで、それでもレスラーとして為すべき事を為そうとする姿に観客は感動していた。そういう自分も拳を握っていることに気づく。
(いけぇっ馬場ぁ~~っ!)
観る者全ての思いが一つとなっていた。本来なら無難に試合をまとめる潮時であったはず。しかし、リング中央、肩で息をしていた馬場は、ふいに何事かと観客席を見渡すと、瞬時にそれが自分へと向けられた大歓声だと気づく。意を決したように相手をロープに振った。希代のショーマンとしてのサービス精神が、馬場に大きな決断をさせたのだ。最後の大技! 残るは三十二文ロケット砲しかない! 歓声が唸り声となりリングを包み込むと、片足を上げることさえ困難な男が、なんと宙に飛んでドロップキックを見舞ったのだ!
(おおおおおっ!)
「決まった~っ! やった~っ! すげぇぞ馬場!」
ところがだ、三十二文ロケット砲は諸刃の剣であった。攻撃を受けたはずの相手より、横腹からマットに落ちた馬場の方が遙かにダメージが大きいではないか。なんということ!
 余程効いたのであろう、相手の方もマット上でのたうち回っているのだが、当の馬場はそれこそ瀕死の状態で、殆ど身動きすらできず目を白黒させている。流石にヤバイと誰もが思った。
「死ぬな! 死ぬな馬場!!!」
大歓声は悲鳴と化している。
(一体どうなってしまうんだ?)
 カメラだけがやけに冷静に、マットに沈んだ二人の大男を映している。馬場にはまだ最後の仕事が残っていた。気力を振り絞るように、無様に這いつくばりながら相手に近づいていく。己の巨体を呪うがごとく、苦しみに染まった形相で。やがてたどり着くと崩れるように相手に覆い被さった。フォールである。レフェリーがすかさずカウントを取る。
「ワン! トゥー! スリー!」
(勝った~っ! 勝ったぞっ! とうとうやってくれた~っ!)

 随分昔の記憶である。恐らくジャイアント馬場氏の最後の試合ではなかったか。記憶の細部に自信は無いし、少なからず美化されているとは思うが、今思い出しても目頭が熱くなる素晴らしい試合であった。ところが、正直プロレスなんて大嫌いであることも事実である。やはり茶番としか思えない。しかしいくら言葉で貶めようとしても、あの試合だけは自分の中で燦然と輝き、びくともしないのだ。
「船が空を飛ぶか! 馬鹿馬鹿しい!」
オヤジの台詞を思い出す。そんな了見の狭いことでは、肝心なことを見逃してしまう。狭量な一面は確かに俺の中にもあって、オヤジだけを非難するのは卑怯なのだが、それでも昨今の総合格闘技と言う奴は一体何だ、と、文句を言いたくなる。子供の喧嘩をそのまま大人になってやっているような、どうしようもなさを感じてしまうのだ。俺には観戦の楽しみ方が全く分からない。

 お約束がないのも困ったものだ。

※この記事は蘊恥庵庵主様のブログ“不二草紙 本日のおススメにある 2007.09.01 の記事『障害者プロレスが教えてくれた~脳性まひ・植木里美さん~』(NHK教育 きらっといきる)”と、記事中に登場する人々や団体に対し、敬意を表したものである。

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2005/03/09

楽しみである!

 フィギュアスケート世界ジュニア選手権で、男女双方、日本人が優勝した。.......という快挙は、話として知っていたが、先日、優勝した二人の演技映像を、TV のニュース番組やワイドショーで観ることが出来た。俺はちょっと衝撃的なくらい感銘してしまった。二人(織田信成君と浅田真央ちゃんである)とも表現力が素晴らしいのだ。過去、日本人のフィギュアの演技を観て、俺がいつも物足りないと感じていたのは、ひとえにこの部分である。技術は素晴らしくても、なんか小さいんだよね、観てて。ところがこの、まだあどけない二人には演技のデカさというか豊かさが、もう既にある。そこだけ見ればもう円熟の域に達している、といえば過言だが(笑)、俺はあえてそう言いたい。

 随分昔のことであるが、TV 番組で、ロシアのバレエ学校の練習風景を、何気なく視ていた時であった。先生がポンと両手をたたく合図で、生徒である一人の少女が片足をスッと天高くさし上げる。遙か頭上にそのつま先が届いた瞬間、地に着いた足のかかとから、ヒザ、太モモ、上半身を抜け、天上のつま先へと“伸び”を加える。その一連の動作の美しいこと、優雅なことといったらこの上無かった。人はただ足を上げるだけで、これほど人を魅了できるものであろうか。当然、その域に達するまで相当の訓練が必要だったことは想像に難くない。そこに気づいてからあらためてバレエを鑑賞(TV ですが)すると、また違って見えてくる。ダンサーという表現者は、どの瞬間、どの角度から観られても美しくあるように、その身を振る舞っているのであったか!見事。

 さて、前述の二人に話を戻すが、彼らにも同じ事が言える。演技中、常に魅せることに心がけている。今までの選手のように、大技の前に“いかにも助走”したりしない。いや、正確に言えば、その助走の間でさえ、魅せることを忘れていない。素晴らしい! しかも彼らはまだジュニアなのだ。これから先が楽しみだよまったく。

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