2008/07/15

崖の上のポニョ!

 久々のブログ更新なんである!

 前置きですが、我が息子は順調に育っておりまするよ。ああ........自分の息子がこんなに可愛いものとはなぁ。毎日、我が脳内にはドーパミンだのなんだのの麻薬物質が大量分泌され、お馬鹿さんになってしまいそうよん!
 そうそう、ついこの間も息子をバギーに乗せてドラッグストアに入ろうとしたら、見知らぬババァが突如息子を覗き込むから、何事かとちょっと焦った。
「あらぁ! 可愛い赤ちゃんねぇ。声をかけずにいられなかったわ! 男の子?」
だ~ってさ! ババァ、ナイス!

 さて本題!
 昨晩、「崖の上のポニョ」の試写会に行ってきました。ま、只で見せていただいたので、律儀に宣伝してやろうかと思います。まずは公式サイト↓
http://www.ghibli.jp/ponyo/
で、結論から言うと大変面白い映画でしたよん。荒唐無稽なお話ですが、わざわざ深読みしても面白いし、あっさり楽しんでも良いし。子供から大人まで十分に楽しめる作品だと思います。個人的にはジブリ作品では「魔女の宅急便」や「もののけ姫」などを評価しているのですが、もちろん「となりのトトロ」も大好きです。”ポニョ”はその“トトロ”よりもっとファンタジーよりな作品で、久々に宮崎監督が「弾けた」な、という感じ。そして、この映画の中の子供の描き方を見れば、監督が如何に自分の息子を愛おしく育てたのか非常に良く分かり、好感が持てます。自分ら夫婦も試写会に行くために、息子をジジババに預けてきたのですが、嫁もろとも、映画を観ている途中から息子に会いたくなってしまって大変でしたよ。鑑賞後は二人、小走りで駅に向かいました。(笑)
 さて、作中、深読みすると面白い所はたくさんあるのですが、ネタばらしになるのでそれは止めるとして、作品そのものの作られた動機を深読みさせていただきます。ズバリこれは息子の吾朗さんへのエールだったのではないかと。前回、「ゲド戦記」の監督を任された吾朗さんですが、僭越ながら言わせてもらえば、お客さんを見ていなかったというかな、万人をも納得させるえげつなさというか、あざとさというか、要するにエンターティメント性に欠けていたと思うんです。それに対して、作品で答えを示したのが、お父さんの作った“ポニョ”だったような気がしてなりません。作中の子供の愛らしい描き方といい、父親の孤立感といい、ほぼ間違いないと思うのですがねぇ。

 最後に、数ある中で一つだけ印象に残ったシーンを。
 ポニョのお母さんの登場シーン、凄いですよ。その強烈な艶めかしさといったら無いです。とある絵画に影響されたとか。たった今テレビの宣伝で知ったのですが、その作品名は映画を見終わるまで秘密にしておいた方がインパクトがあると思うので黙っておきます。ゴメンなさいね。

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2007/09/13

プロレスなんて大嫌い!

 小学生の頃だか中学生の頃だったか、宇宙戦艦ヤマトというアニメを見ながら夕食をとっていたところ、
「船が空を飛ぶか! 馬鹿馬鹿しい!」
との、オヤジの一言でチャンネルを変えられた。その時の気分は今で言うところの“マジムカツク”であったろう。でもね、そもそもオヤジの好きな時代劇だって不自然きわまりないわけで、登場人物の髪型はどいつもこいつも整いすぎているし、夜のシーンは行燈一つで室内が煌々と照らし出されて眩しいくらいだ。そういうところにケチを付けだしたら物語として成立しない。つまり、船が空を飛ぼうが、そこは
「そういうもんだ。」
という事にしなければならない。昔から言うところの暗黙の了解、つまり“お約束”である。

 時は流れて。

 何処で観たのかさえ覚えていないが、何気なくテレビをつけたらプロレスを中継していた。全く興味が無かったものの、歓声と共に花道に登場したのは、なんとあのジャイアント馬場氏であった。かつて双璧をなしていた一方のアントニオ猪木の方はといえば、ずっと以前に引退していた記憶もあって、ちょいと衝撃を受けてしまった。
(まだやってたのかこの人!)
多少興味が湧き、チャンネルをそのままに中継を眺めることにした。案の定といっては失礼だが、滑稽であった。ピークなんぞとうに過ぎた馬場氏の体は、格闘家どころかただの老人にしか見えない。でかい図体がまた悲壮感に拍車をかけていた。しかもよりによって対戦相手は屈強の中堅レスラーである。
(でもどうせ馬場が勝つことになるのであろうな。これだからプロレスは嫌いだよ。)

 ゴングが鳴って試合という名の茶番が始まった。まずはお互いに技の応酬なのかと思ったら、馬場の動きはこちらの予想をより下回り、悲惨なまでに鈍かった。とりあえず一方的にチョップを相手に見舞うのだが、そんな攻撃、本当に効いているのか疑わしいほど技にキレがない。それでも相手はやがて膝を落とし、なされるがままに打たれ続けているのだから笑える。あれ? 良く見るとチョップを連打する馬場の方が、息が上がっているではないか。
(おいおい大丈夫か?)
やがて息も絶え絶えに対戦相手を立たせると、渾身の力でロープに振る。お次は伝家宝刀の十六文キックであろう。ところが。
 相手がロープの反発を受け、勢いよく跳ね返ろうとした時、なんとまだ馬場の足は上がりきっていなかった。それを察知した相手は気まずく目を伏せ、まるで時間が止まったようにロープ際で固まっている。一方馬場は必死になって片足を上げようにも、体が全く言うことを聞かない。馬場はやむを得ず両手で太ももを抱えるように持ち上げる。自慢の十六文は力なく前方に漂う。それを横目でぬかりなく確認した相手は、解き放たれたように馬場の突き出されたつま先に吸い込まれて行った。そして自らキックを受けた相手は、何処にそれだけの衝撃力があったのかと思うほど派手にマットに沈んだ。大歓声。更に攻撃は続く.......。
(ああ、思えば無邪気にプロレスを観戦していたこともあったな。馬場や猪木の戦いを固唾を飲んで見守っていた幼き日。馬場の繰り出す脳天唐竹割で、相手選手の頭が割れるのではないかと本気で心配したっけ。必死の形相で攻撃する馬場の姿は、今も昔もそう大して変わってないのかもな.......。)
 いつの間にか、テレビの歓声は割れんばかりのものとなっていた。既に馬場の疲労は尋常ではないと傍目からでも分かるほどで、それでもレスラーとして為すべき事を為そうとする姿に観客は感動していた。そういう自分も拳を握っていることに気づく。
(いけぇっ馬場ぁ~~っ!)
観る者全ての思いが一つとなっていた。本来なら無難に試合をまとめる潮時であったはず。しかし、リング中央、肩で息をしていた馬場は、ふいに何事かと観客席を見渡すと、瞬時にそれが自分へと向けられた大歓声だと気づく。意を決したように相手をロープに振った。希代のショーマンとしてのサービス精神が、馬場に大きな決断をさせたのだ。最後の大技! 残るは三十二文ロケット砲しかない! 歓声が唸り声となりリングを包み込むと、片足を上げることさえ困難な男が、なんと宙に飛んでドロップキックを見舞ったのだ!
(おおおおおっ!)
「決まった~っ! やった~っ! すげぇぞ馬場!」
ところがだ、三十二文ロケット砲は諸刃の剣であった。攻撃を受けたはずの相手より、横腹からマットに落ちた馬場の方が遙かにダメージが大きいではないか。なんということ!
 余程効いたのであろう、相手の方もマット上でのたうち回っているのだが、当の馬場はそれこそ瀕死の状態で、殆ど身動きすらできず目を白黒させている。流石にヤバイと誰もが思った。
「死ぬな! 死ぬな馬場!!!」
大歓声は悲鳴と化している。
(一体どうなってしまうんだ?)
 カメラだけがやけに冷静に、マットに沈んだ二人の大男を映している。馬場にはまだ最後の仕事が残っていた。気力を振り絞るように、無様に這いつくばりながら相手に近づいていく。己の巨体を呪うがごとく、苦しみに染まった形相で。やがてたどり着くと崩れるように相手に覆い被さった。フォールである。レフェリーがすかさずカウントを取る。
「ワン! トゥー! スリー!」
(勝った~っ! 勝ったぞっ! とうとうやってくれた~っ!)

 随分昔の記憶である。恐らくジャイアント馬場氏の最後の試合ではなかったか。記憶の細部に自信は無いし、少なからず美化されているとは思うが、今思い出しても目頭が熱くなる素晴らしい試合であった。ところが、正直プロレスなんて大嫌いであることも事実である。やはり茶番としか思えない。しかしいくら言葉で貶めようとしても、あの試合だけは自分の中で燦然と輝き、びくともしないのだ。
「船が空を飛ぶか! 馬鹿馬鹿しい!」
オヤジの台詞を思い出す。そんな了見の狭いことでは、肝心なことを見逃してしまう。狭量な一面は確かに俺の中にもあって、オヤジだけを非難するのは卑怯なのだが、それでも昨今の総合格闘技と言う奴は一体何だ、と、文句を言いたくなる。子供の喧嘩をそのまま大人になってやっているような、どうしようもなさを感じてしまうのだ。俺には観戦の楽しみ方が全く分からない。

 お約束がないのも困ったものだ。

※この記事は蘊恥庵庵主様のブログ“不二草紙 本日のおススメにある 2007.09.01 の記事『障害者プロレスが教えてくれた~脳性まひ・植木里美さん~』(NHK教育 きらっといきる)”と、記事中に登場する人々や団体に対し、敬意を表したものである。

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2007/05/29

しゃべれども しゃべれども!

 4 月の頭に普段使用しているノート・パソコンが壊れちゃったのである。正確な故障状況を説明することは、読む方もつまらなければ書く方も面白くないというか腹立たしいので........書かねぇっ!。
 で、パソコンの環境を再構築するための苦行の二日間のことなど、単なる恨み節でしかないのでこれも書かないのであるが、じゃぁ何を書きたいのかというと、このブログを更新するためのパスワード、こいつが壊れたハード・ディスクと共に消えてしまったのだよ~んってことだったりするわけです。つまり、ブログを更新することが出来なかった言い訳を、今ここでしておこうと思った次第です。

 そして本題。
 一月以上もブログを放ったらかしにしておくと、書きたいことも多少出てくるわけで、そのうちの一つが、“しゃべれども しゃべれども”という邦画の話題なのでございます。ここ数年、面白い邦画が多くて大変喜ばしいのでありますが、その中でもイチ押し! 実に清々しく気持ちの良い映画でした。
 主人公は国分太一君が演ずる三つ葉(みつば)という名の落語家。映画の内容は、彼と彼を取り巻く人々の直向きな物語.......。芸の壁に当たってウダツの上がらない主人公の元へ、話すことが不得手な(自分の気持ちを上手く表現できない)人々が集まり、仕方なく話し方教室を開く事になりまして、悲喜こもごもそれぞれが成長して行くというお話です。正直ね、太一君に落語家の役は無理なのでは? と、思っていたのですよ。案の定、映画前半の落語の演技では、何処かギコチなさが抜けなくて、

(良いセン行ってるけど、所詮は本職じゃないし、ここは甘めに見過ごしてやるか。でないと、せっかくの良い映画が台無しになってしまうからね。)

な~んて、失礼ながらも、ちょいと高を括って観ておったわけです。ところが後半、今まで何かを掴めていなかった主人公が、師匠(伊東四朗)の十八番“火焔太鼓”を見事に演じきるシーンでは、きちんと一皮むけた“落語家”として堂々としたものを魅せてくれちゃったわけですよ。いや、感動しました。太一君すげぇ! 前半のあの微妙なぎこちなさが、本当に演技だったとは!!!

 共演者も良かったですね。伊東四朗や八千草薫は言うまでもなく、子役の森永君は枝雀師匠の生まれ変わりかと思うほどの名演だし、ヒロインの五月(さつき)役の香里奈さんも張り詰めた脆さを良く表現していました。ただ残念なのは、松重豊さんが無骨な元野球選手の役を堅実に好演していたにもかかわらず、今ひとつスポットが当たっていなかったことでしょうか。面白く広げられるエピソードを持ったキャラクターでしたので、ちょっとだけ消化不良に感じました。

 この映画で一番感慨深かった台詞は、劇中劇である“火焔太鼓”に出てくる道具屋のおかみさんの一言。商売下手の夫に対し、

「あんたって人は、売らなきゃならないものを売らないで、売っちゃならないものを売っちまう。」(←正確な記憶ではありませんが、こんな台詞。)

と、まくし立てるのですが、これが映画のテーマでもあるわけです。要するに、“しゃべれども~”に引っかけますと、

「人は、言わなければならないことを言わずに、言ってはならないことを言ってしまいがち。」

だから、

「素直になると、ちょっと良いことあるかもよ。」

というエンディングで、この映画は締めくくります。まぁ、世の中そんなに単純でもないのでしょうが、それは真理故に清々しいのですよ。

 自分にとってこの映画、大好きな“スミス都へ行く”に匹敵する作品です。こういう清涼感のある映画って随分と無かったような気がします。おすすめしますよ!

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2005/04/29

THE LIFE AQUATIC !

 個性派俳優ビル・マーレイが大好きな俺。26日に、彼が主演のライフ・アクアティックの試写会に行ってきた。非常に満足のいく映画であった。個人的にはこの映画が、ビル・マーレイの代表作と言われるような世の中になったら良いなぁと思う、.......ほどに微妙にくだらないところがグレイト! 最高だぜぃ!
 内容はというと、海洋学会から徹底的に無視され続けている、マーレイ演じる海洋学者(ズィスー)が率いる“チーム・ズィスーの冒険譚とでも言おうか。ただし、もう、のっけからどこかインチキくさい。映画の冒頭でローアングルから映し出された主人公ズィスーは、まるでジャン・レノが演じたエンゾかお前はっっっ!(笑)
いきなり脱力。
ってな具合にいきなり脱力感におそわれること請け合いだ。う~む、この映画の世界観をどのように伝えたらよいのか悩むところだ。例えるなら、夢かな。夢なんて支離滅裂で突拍子もないものだが、時々、妙に筋道だった夢を見ることはないだろうか? 俺は年に一度くらい壮大なスケールの夢を見たりする。もちろん細部は矛盾だらけなんだけれど、流れ者の俺が村人に助けてもらい、勇者となって悪い魔法使いをやっつけた時など、非常に気持ちの良い朝を迎えたものだ。この映画はそこまでファンタジックではないけれど、どこかそういういかがわしさがある。

 登場する海洋生物は架空の生物なのだが、映画の中ではリアルな存在だということになかなか気づけない。登場人物が体を貫通する銃痕を受けても割と平気な感じで動き回るし。そもそもチームの一員がいきなりジャガーザメに喰われて死んでしまうのもどこか嘘っぽくて、映画の中盤まで、死んだはずの隊員が何食わぬ顔でヒョッコリ出てくるのでは? と、いぶかしげに観ていたくらいだ。.......惜しいことをしたよ。最初から、ファンタジーだと思って観ていればもっと楽しめたはずなのに。
 登場人物達はちょっとだけ不思議な世界で一生懸命生きている。ズィスーと前妻との間に生まれた息子とのぎこちない親子愛。その姿を見て、人前で初めて涙を見せる現在の妻。海に魅せられた男(女)達のロマン。(いや、あまり魅せられてないかも。).......まぁ、そこまでやっても泣かせてくれないのよ、これが!(笑) その演出が上手いと思うのだ。

 計算し尽くしてわざとチープに作っている。オースティン・パワーズが好きなら理解出来ると思うが、あそこまで開き直ってない。ああそうだ、劇中、チームの一員が BGM のように歌を歌っている。どこかで聴いたような不思議なボサノバなのだが、これがまたこの映画の良い味を醸し出している。(調べてみると、なんと、デヴィッド・ボウイをボサノバでカバーしたものだった。)

 いつもトップレスの女性隊員。↓
小さくてごめんね。
 主人公に対して異常なまでに強い信頼感と忠誠心を寄せる一隊員。↓
良い味出してる。
 妊娠中のジャーナリスト。↓
この映画での妊婦は重要な役所。
脇役がまた素晴らしく良い演技を.......しないのだ。(笑)ギリギリのところで助演賞級の演技を、監督がさせない。
 極めつけは↓
妖艶。
ズィスーの現在の妻、エレノア役のアンジェリカ・ヒューストン。女は堂々としていれば、もうそれだけでセクシーなのね。

 チームのトレードマークは、赤い毛糸の帽子だ。しかも揃いのユニフォームは水色。もう、センスのかけらもないのだが、実は映画が終わる頃には、「カッコイイかも。」と思わせるほど、計算されたギリギリのクールさ。

 そうだ。この映画は無茶苦茶クールなのだ。
映画に登場した潜水艦の模型。

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2005/03/17

Hitch !

 ウィル・スミス主演「最後の恋のはじめ方(原題:Hitch)」の試写会に行ってきました。
 結論から先に言うと、大変面白かったです。粗筋や詳細は本家サイトで、と言いたいところですが、ざっと調べたところ、まだ立ち上がってないようですね。仕方がないので何とか解説してみたいと思います。
 主人公のアレックス・ヒッチ(ウィル・スミス)は、青春時代に初恋で大失敗し、その経験からデート・ドクターという職業を開業します。どういう職業かと申しますと、恋愛アドバイザー(あるいはコンサルタント、あるいはカウンセラー)とでも申しましょうか。具体的には、シャイな依頼人(男性)に対し、片思いの女性へ声をかけるキッカケを作ってあげたり、その後のデートのアドバイスや、自信を失いがちな依頼人の鼓舞まで行います。(アメリカだったら本当にありそうな職業だが、実際はどうなんだろうね。)主人公ヒッチの辣腕ぶりもさることながら、依頼人のアルバート(ケヴィン・ジェームス)のダメぶりがまた愛らしくもあり、二人のドタバタなやりとりは傑作で見所。この恋の成り行きと共に、ヒッチ自身の恋愛の行く末がこの映画の核になるわけですが、これ以上解説すると実際観た時のお楽しみが減ってしまうと思われるので粗筋はここまで。
 さて、感想はと言いますと、主人公はウィルじゃない方がひょっとしたら良かったかもしれません。非常によい演技をしており、当人に落ち度は全く無いのですが、アルバート(依頼者)役があまりにもはまっていたので、ウィルの個性というかオーラがかえって邪魔になってしまったかなぁと。つまり、映画のピントが定まらないとでも言いましょうかね。本来なら主人公の恋愛にわずかでも比重が寄っていればバランスの良い映画になったのでしょうが、脇役のアルバートのエピソードが良過ぎちゃったのは、きっと制作側にも予想外だったのではないでしょうか。じゃ、結局ダメな映画かというと、そんなことは全然無くて、傑作の部類に入るかなぁと個人的には思います。つまり、あえてケチを付けるならというレベルです。
 展開も最近の映画らしくなく、大変ゆったりしたもので、そこも評価したいですね。良くあるでしょ、アクション映画みたいなめまぐるしい展開やカット割りが。それも悪くはないけど、アクションものもストーリーものも何でもかんでもっていう最近の傾向はどうかと思うわけですよ、あわただしくてね。そんななかで、ちょっと古くさいようなこの映画の展開は逆に新鮮でした。

 ハートウォームなコメディ映画が好きな人にはオススメですよ。

PS. 原題の Hitch(ヒッチ)というのも気が利いてますな。まぁ、主人公の名前なんだけれども、“引き寄せる”、“引っかける”という意味ですから、良くとれば「人と人とをつなぐ」となるでしょうし、悪くとれば「人を騙す」って事になりますかね。映画の内容を示唆する良いタイトルだと思います。邦題も好きですね。ただカタカナで“ヒッチ”にするより全然良いですよ。

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2005/03/02

切ないぜ!

 嫁はクジ運が良いのか、かなりの確率で映画の試写会に当選する。そのお陰で昨日もジム・キャリー主演の「エターナル・サンシャイン(原題:Eternal Sunshine of the Spotless Mind)」を観てきた。とても素晴らしい、とても切ない映画であった。観た人によっては難解な映画だと思ってしまうようで、映画終了直後、そんな感想も周りからチラホラ聞かれた。何を隠そう、嫁もその一人であった。俺などはとても感動してしまい、だれかとこの作品について話しを交わしたいところであったが、この手の映画を嫁は不得手にしており、ちょっとトリックがあるともうついて行けない。毎回残念に思うが...。  あまり詳しく解説するとネタバレになってしまうので気を付けながら行こう。あらすじは本サイトで確認して欲しい。  この映画の主人公、男女二人は極端な人間だ。男は慎重派といえば聞こえはいいが優柔不断で嫉妬深く、女は直情型で感覚派。両者とも度が過ぎるものだから、やがて破局を迎えてしまう。それでも二人は惹かれ合っている。その、何を拠り所にしているのか分らない、不確かな感情は何なのか? そしてそれこそと尊いものだと、この映画は主張する。  映画は全編、虚実入り乱れて進行し、主人公の記憶の中と現実が混ざり合い、確固たる拠り所は無くなって行く。唯一、確かだと信じられることは、不確かである“愛の記憶”だけなのだ。  この映画はハッピーエンドで終わるという解説もあるが、そう単純な物ではない。それが現実なのか、主人公の夢(妄想)なのか定かではないからだ。しかし、“お互いに惹かれ合う感情”、“お互いを愛する気持ち”、それらが不確かである以上、仮に夢だとしても、それは尊いことであり、現実だとしても、それは儚くも切ないものなのだ。

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